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8.
夕方になって、おにーさんはご飯を作るからとキッチンに篭った。その間に部屋を好きにみてろと言われたから気分は探検隊だ。
リビングは広め。キッチンも合わせると15畳くらいありそう。俺の家の3倍。3倍。この1/3の面積の中にベッドに机にテレビを押し込んでる俺の部屋がまるで物置のようだ。広めの2人掛けソファがあって、薄型で大きめのテレビがある。うちのテレビはもう、終わってる。これまた明日にでもおにーさんが家に来た時に俺のテレビを紹介しよう。
リビングから出るとトイレ。ウォシュレット付きで広い。何よりユニットじゃない。
お風呂だって追い焚き機能がついてるし、脱衣室があって、洗面台が独立!やばい、快適。
もうひとつの扉が寝室。ドーン置かれたベッド。大きめ、クイーンくらい?クローゼットが開けっ放しで、中を見るとおにーさんのスーツが何着も掛かっていて、シャツも何枚もある。おにーさんはスーツで働く人なんだ。
一通り見て回ってリビングに戻り、今度はベランダに出る。ベランダがある! ベランダがある!すごぉ……。
俺もこんな部屋に住みたいって、今日から転がり込むんだけど。自分で借りれるくらいになりたい。今の俺がここを借りたら毎月赤字だもん。
「見て回った?」
「うん。おにーさん、俺もベッドで寝ていいの?」
「いいよ。あんま寝相悪いなら布団買うからそこで寝ろ」
「寝相は多分、大丈夫」
「ならいい」
そうこうしてるうちにいい匂いがし始める。お魚の焼ける匂い。うわあ、いい、最高。これだけで幸せ。
たまらなくってソファにグリグリしてるとおにーさんに呼ばれてテーブルに着く。
焼き魚のそばには大根おろし!(下ろすの案外大変だよね)。煮浸しにきんぴら、お味噌汁。そしてホカホカのご飯。
「ゔぅ、おにーざぁん。いだだぎまぁずずっ」
「泣きながら食って味する?」
「だっでぇ」
止まんない。こんないいご飯食べたの久しぶり。
外食とかじゃなくて、家で、誰かと、温かい手料理を食べるなんて久しぶり過ぎて。
泣きながら食べるそれは、きっと美味しいのに味なんて分からなくて、だけどすごくすごく嬉しくて食べるほどに涙が出て噎せながら食べた。
「おにーざん、おがわり」
「まだ食うのかよ…」
「ゔん」
味なんて分からないけど、こんなに食べたいのは久しぶりだった。人がいるって、人と話すってすごく大事だ。
「よっぽどひどい生活してたんだな」
「ゔん」
泣きながら食べながら頷く。
最後まで味は分かんなかったけど、すごく美味しかった。
おにーさんが用意してくれたし、片付けしようと思ったのに座ってろと言われた。曰くペットなんだから何もしなくていいとのこと。洗濯も掃除もしてくれてご飯も作ってくれて片付けもしてくれる。俺、ここで何してたらいいんだろ。でもいいや、つかの間の休日。
そのままソファに転がって、目を閉じると気付いたら眠っていた。
ゆらゆら揺すられて、何度か名前を呼ばれて目を擦る。
目の前にはおにーさん。俺を揺する手があったかくて目の前の体にしがみつく。
「誠、風呂は?」
「んー、連れてって」
「………お前働くより稼ぐ女のヒモの方が向いてるな」
そんなこと言わないで。
これでも俺なりに精一杯働いてんの。働いた結果、私生活がなにもできないダメなやつになってるけど。
これでも新生活に夢見てた。
適度に働いて、忙しいながらに私生活も充実させて、彼女とも遠距離だけどたまには会って、仲良く過ごしてってそんな夢見てた。現実は忙しさに押し潰されそうになってるだけで、私生活の充実も、彼女と会うどころか会う間も無く振られた。
「ゔぅ、だっで、ゔ」
「まだ泣けんの?」
「ゔぅ」
グリグリと涙や鼻水を擦り付けても文句を言うことなく頭を撫でてくれる。この人があったかすぎるから俺、情緒が不安定。
おにーさんはそのまま俺を担いでお風呂に連れて行ってくれる。シャツはいっぱいあったけど、俺のパンツ……。
「ゔぅ、おにーさんん、俺ぇパンツない」
「履いてなくてもいいけど」
「丸見えじゃん!」
「明日には取りに行くからいいだろ一晩くらい」
まあいいか、と諦める前におにーさんは俺のシャツを脱がせる。本当にお世話されてる。飼われてるわけなんだしいいんだけど。お風呂までお世話してもらえるなんて至れり尽くせりってやつ?ご飯は美味しかったし(多分)、髪も切ってもらえるらしいし、すっごいいい人に拾われたかもしれない。
そう思ってたのに、おにーさんが持つものにビクッとなる。クリームに剃刀って、嫌な予感しかしない。少なくても今おにーさんが剃らなきゃいけないほどヒゲが生えてるようには見えないし、俺もヒゲはほとんど生えていない。
「おにーさん何する気!?」
「剃毛。邪魔、ない方が好き」
「好きとか嫌いとか聞いてないし!いるし!」
「粗相の心配はなくても、この辺生意気なのもなあ」
「生意気とかそんな話じゃないよ!これ必要でしょ!?」
「なくても良いんじゃね、よそに尻尾振らないだろ」
「ま、待って待って待って!い、1週間!お試し期間の1週間過ごしてからにして!お願い!」
「チッ」
舌打ちしたぁぁあ!したいの俺!
剃られるなんて聞いてない。
俺、やっぱり拾われる人間違えたかもしれない。
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