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38.おにーさんサイド
何でチューはしないの?
って、そんなの愛着が湧くからに決まってる。いくら俺が飼ってるといってもこいつは人。飼い殺すつもりで居てもこいつが出て行くというなら止めるべきじゃないと思っているから愛着なんて持ちたくなかった。キスをしなかったのは、さらに愛着を持つようなことをしたくなかっただけだ。
キスした後も訳の分からないことを呟く誠はいつも通りで、なんとなく拍子抜けした。こっちが愛着持たないようにと思ったところで、こいつはそんなの気にせず甘えてくる。それならいっそ、離れられないくらい甘やかすか。
退路を奪われてるのは俺か誠か、どっちだろう。
出掛けた翌日から、誠は日を跨いで帰ってくることが圧倒的に増えた。お盆前に終わらせたいと言われた仕事が山積みらしく、久しぶりに酷い社畜っぷりを見せつけられていた。
「おにーざぁん、だだいまあっ」
「うおっ、お前っ!抱きつくなら風呂入れ!どうせ汚れてんだろ!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ!だっておにーさんもう寝ちゃうでしょ?」
「どうせ同じベッドで寝るだろうが」
「起きてないもん!違うもん!」
「ああもううるさい、夜だから静かにしろ。んで風呂入ってこい、飯用意してやるから」
「え?」
「さっさと行かねえなら寝るぞ」
秒で浴びる!とバタバタ風呂に行く誠を見送り、誠用に分けていたものを温める。明日は確実に寝不足だけど、明日行けば俺はお盆休みに突入するし、まあいいか。
温め終わる頃、シャワーで済ませたらしい誠が出てきてご飯ご飯!と騒いでいる。この時間でも食べれるのがすげぇなと思う反面、食べずにいた時もあったからたった2ヶ月半で7キロも痩せた訳だろうから食わさないといけない。
「お前、来週も日跨ぐ?」
「お盆の間くらいは流石に定時で帰るよ……たぶん」
「多分かよ」
「1人でこなすのは初めてだもん。一応、みんなで話して1日に全部重なるなんてことはないように計画立ててるけどうまく行くかは不明」
お盆をこんなに暗い顔して迎える奴もそう居ないだろうな。誠の会社は会社として見ればブラックなことこの上ないけど、部署の話を聞く限りではかなり人に恵まれてるんだろうなと予想できる。お盆の出勤がたとえ誠だけだとしても、仕事が重なりすぎないように配慮して仕事を進めて割り振っているようだし、それもきちんと全員で話し合って決めているんだから部署内での報連相は十分に取れている方だろう。
「よく労基入らないな」
「入ったよお」
「は?」
「お陰でわざわざ定時でタイムカード押しに行かなきゃいけなくなったあ」
「さすがブラックなだけあるな」
「俺たち以外は定時で帰ってるからほんとずるい」
こいつの会社というか部署。ブラック過ぎるだろ。
それでいいのかと言いたいが、本人はずるいと言うだけで特に不満はないらしい。過酷な環境に身を置き過ぎてそれがおかしいと気付いてないんだろうな。
こいつの愚痴を聞くほどに会社に飼い慣らされたもんだと思うけど、それを言ったら泣かれそうだから言わずにご飯を食べるのを見守った。
「ご馳走様でした!おにーさん起きててくれてありがと」
「今日だけな」
「それでも嬉しい」
さっさと寝ればいいものを片付ける俺にしがみ付いたまま終わるのを待つ様子に、もう明日でいいかと水に浸すだけにして切り上げる。いいの?と聞かれて今日だけだからなと念を押す。
一緒にベッドに入るのは久しぶりで、しがみ付かれて寝るのも当然久しぶり。疲れているのかすぐに寝付いた誠。スヤスヤと気持ちよさそうに眠る誠におやすみとキスをして眠った。
愛着どうのなんて思ってたけど、一度したなら二度も三度も変わらない。
それに多分、もう手遅れだ。
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