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40.
定時で帰るつもりが1時間も遅くなって、原付を駐輪場に停めて駆け足でおにーさんの部屋に帰る。扉を開けてくれたおにーさんに迷わず飛びついた。
「っと、あぶね。おかえり」
「ゔぅ、だだいまぁ」
「ははっ、また泣いてんのかよ」
「だっでえ」
お盆なのに働いて、なんでか愚痴なのか相談なのかを聞き、帰るのが遅くなったけどもういいや。おにーさんがおかえりって言ってくれて、いい匂いのする家に帰ってこれたんだからそれだけでいい。
「俺ね、今日定時だったの、嬉しい」
「?それにしては遅くね?」
「阿川くんに捕まってたの、でもこんなに早く帰ってこれた。幸せ」
グリグリとおにーさんに頭を擦り付けて幸せを堪能していると、やっすい幸せと笑われた。
おにーさんが俺のことを担ぐようにリビングに行き、ソファに座らされた。おにーさんにご飯なぁに?と聞いても待ってろと言われただけで教えてくれない。むむむ、見に行こうかなあ。全く、おにーさんは意地悪だ。どうせ俺も食べるのに教えないなんて!とプンスカしてると運ぶの手伝えと言われてソファから起き上がる。
「うわぁ!グラタン!おにーさんグラタンも作れるの?」
「焼くのに時間かかるけどそんな手間じゃねえよ」
「すごーい!家で見たことなかった!」
「お母さん作んねえの?」
「俺は気にならないけど、うちの母さんご飯が奇抜なことで有名だから」
「はあ?」
「豚汁リメイクでクリームシチューとか、クリームシチューに筑前煮入れてたり、カレーに焼き魚が乗ってたこともあるなあ」
「お前、それ食うの?」
「胃に入れば一緒だし」
俺的には気にならない母さんの料理は友達や兄達からは不評も不評で、時間がある限り父さんが作るか早く帰ってきた兄達が作っていた。
「お前、シャンプーとボディーソープを適当に使ったり謎料理食ったりすげえな」
「褒めてる?貶してる?」
「どっちかっつーと褒めてる」
あ、そうなんだ。
というか一緒じゃん、シャンプーもボディーソープも洗って汚れが落ちるならどうでもいい。おにーさんちのだとボディーソープの方が皮膚に優しい成分だったから俺はボディーソープしか使ってないし。
料理に関してはその環境で育てばそんなもんかで終わるようなレベルだ。俺にとってはどっちも気になることじゃない。それよりも今は目の前の美味しそうな料理の方が気になって仕方ない。
「ねえおにーさん、早く食べようよ」
「はいはい」
おにーさんが作ってくれたグラタンはトロトロで熱くて湯気が立っていた。ふおおお、家でこれが食べれるなんてすごい!グラタンやカレー、シチューの時でさえおにーさんはサラダを用意してくれる。グラタンの今日はオニオンスープなんかもあってすごく贅沢。おにーさんの家ではきっとこれが当たり前だったんだろうなあ。
「おにーさんの得意料理は?」
「特にない」
「おにーさん、もしかして料理人!?」
「料理人ならスーツ着て仕事行かねえし、こんな時期のこんな時間に呑気に家にいるわけねえだろ」
「それもそうかあ」
おにーさんの家に住み着いて2ヶ月。
未だにおにーさんの仕事を知らない。まあそれはそんなに大きな問題じゃない。仕事以前に、俺は俺のことを養ってくれているこの人の名前すら知らない。その方が問題だ。
「おにーさん、名前なんていうの?」
「穂高。夏目穂高(なつめほだか)」
「なんか綺麗な名前だね。夏生まれ?」
「冬生まれ。それなら夏目さんみんな夏に生まれてることになるぞ」
そんな真面目に突っ込まれるとは思わなかった。それは置いておいてやっと名前を聞けた。
夏目穂高さん。ついでだからと歳も聞いてみると今年29歳になると言っていたので俺の6個上。見た目年相応で良かったあ。
「おにーさん、その年でよく稼ぐねえ」
「お前も俺くらいになれば大差ないくらい稼ぐだろ」
「そこまで稼がないと思うけどなあ。それに俺、おにーさんに捨てられたら死ぬか無職の選択をしなきゃいけない」
「大袈裟」
大袈裟じゃない。
おにーさんとこうして家でお話ししたりすることや、おにーさんがご飯を作ってくれてるお陰で俺は心身ともに元気だと言える。無駄に体が丈夫なせいでおにーさんに出会うまで痩せていくにもかからず体調不良なんて一切感じなかった。
おにーさんはむすっとする俺に捨てたりしねえよと言って笑ってくれた。
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