引っ越し当日、いつもと同じ時間に起きておにーさんとご飯を食べて、いつもなら見送られる俺がおにーさんを見送った。部屋着かパジャマ姿を見る機会の方が圧倒的に多いからおにーさんのスーツ姿は新鮮だった。 家を出るときまで、包丁には気をつけろ、火の付けっ放しに気をつけろ、出来そうになかったら途中でやめておいておけだの散々心配された。そんなおにーさんに大丈夫だから！と押し切っておにーさんをグイグイと外に押して見送った。見送りだったのか追い出したのかは微妙なところだ。 おにーさんを見送ったところで、俺はシャキッと行動を始める。あらかじめおにーさんから車を借りておいたから、自分のアパートに荷物を取りに行く。と言ってもおにーさんに飼われてからちょこちょこと荷物を取りに来てたからそんなに多くない。衣装ケースはおにーさんちに運んで俺の服を入れよう。今みたいに積み上げてばっかじゃいつか崩れる。 ゲームソフトはやってないのは売りに行った。 いるもの要らないものに分けて、売れるものは売って売れないものはクリーンセンターで処分。 サクッと終わらせて役所で手続きをして、退去の立会いをしてアパートの鍵を返した。 小さいけど自分だけの城だったはずのアパート。 全然未練はなくて、よくここで生活できたなと感慨深い。 外で少し遅めのお昼ご飯を済ませて、家に帰って片付けをしてから料理に取り掛かる。これが今日の俺の1番の大仕事！ おにーさんがいつもしてくれてることをしたいっていうのが1番だけど、ちゃんと作ったらおにーさんはきっと褒めてくれるからいい子って頭撫でて欲しいなぁっていう気持ちもほんのりあったりするのは内緒。 「あれ、ピーラーどこ？おにーさんもしかしてピーラー使わない人！？」 俺包丁で皮むきとか出来ないのに……まあ、いっか皮くらい。食べたって死にはしない。 出だしからちょっとつまづいたけど、その後は結構うまく出来た。具を炒めて、煮込んで、ルウを溶かす。隠し味なんて入れたらダメだと兄達に教育されているので俺は隠し味は入れずにこれで終わり。カレーのいい匂いが食欲をそそるけど、おにーさんが帰ってくるまでは我慢。 やることが終わると、やっぱりいつものようにソファに転がってしまった俺。ここに来てからというもの、俺はぐうたら過ごす休日ばかりで、動き回って過ごすのは久しぶりだった。だけどこうして家のことをしておにーさんの帰りを待つのは悪くないなあ。 ソファに転がって数十分。カチャンと鍵が開く音がしておにーさんが帰ってきた。ソファから飛び降りて玄関に向かい、入ってきた人物に飛びつく。 「おにーさんおかえりっ」 「うわっ！ちょっと！俺兄貴じゃないし！」 「あれ？おにーさん痩せた？」 「バカ。半日やそこらでそんなに痩せるか」 「うえ？ん？あれ、ミホちゃん？」 声が2つ聞こえて飛びついている人物を確認したら人違いだった。ミホちゃん来るなんて聞いてなかったしなんも確認してなかった。改めておにーさんに抱きついておかえりと言うと、呆れた調子でおかえりと言ってくれた。それがとても嬉しくて、グリグリと頭をこすりつけた。 「誠くん、兄貴に懐きすぎ」 「いいの」 「俺には無理だなあ。けどそれよりさ、何余計なことしてんの」 「ふえ？」 「阿川だよ、あいつまじ腹立つ。余計な入れ知恵したのが誠くんだって聞いたんだけど」 ああぁ！そういえばそんなこともあった！ 適当に言ったつもりが阿川くんが案外本気にしちゃったやつ。本当にしたの！？なんで俺の名前出すかなあ。ミホちゃんの柔和な雰囲気は一転、今はにっこり笑ってるけどオーラがどす黒い。 ミホちゃんの手が俺に伸びてきて、多分というか絶対痛いことをしてくる気満々だと思って目を瞑っておにーさんにぎゅっとしがみ付く。 そうしてしばらくするとため息とともに頭を軽く叩かれて、二度と変な入れ知恵するなよと言われて終わった。意外だ。絶対に前みたいに乳首抓って来たりすると思ったのになんもしないなんてミホちゃん調子悪い？ 「ミホちゃん、大丈夫？」 「なにが？」 「体調、悪い？何もしないなんてミホちゃんらしくない」 「二度目はないから」 「ゔっ、はい」 ずっと玄関で話していたからか、中に入れとおにーさんに促されてリビングに進む。何でミホちゃんが来たんだろう？って思っていたら、俺の散髪だった。前に切ってもらってから散髪なんて当然してないから、伸びていた。 「だったらお詫びにミホちゃんもカレー食べてって！」 「はあ？誠くんが作ったやつ？」 「うん！」 「………兄貴、大丈夫なの？」 「知らねえ。俺もさせたことなかったし、どんなカレーになってるか不安」 「ちょっと！」 「「悪ぃ悪ぃ」」 2人してほんと失礼！用意するから待っててと言えば、おにーさんに怖いから俺がやるから待ってろと言われ、コンロに乗った鍋を見てカレーだと呟くおにーさんにむっとした。 俺をどこまで出来ない子扱いするつもりなんだ。カレーを作ったんだからカレーが出来ていて当然。一体なにができると思ってたんだ。