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58.おにーさんサイド

ゆっくりと休養するつもりが、セックスして帰ってきた。もちろん観光もしたし遊びにも連れて行ってやったけど、全くするつもりはなかった。 こいつとする気がないとかではなく、旅行中にするつもりはなかった。それでもねだられりゃやりたくはなるし、そこを焦らすつもりはなかった。 そんな旅行から帰ってきて、仕事がひと段落していつものペースに戻った俺と、いつも通り残業を続ける誠。 それでも週末になると誠は必ず俺にセックスをねだる。自分では抜けないと、俺のせいだと文句を言いながら、それでも期待した顔でねだるその顔は好きだ。 別にねだらなくても週末くらいはするつもりだから問題はない。そういう週末を何度か過ごし、そろそろ鍋も食いたいなってくらい肌寒くなってきた頃だった。 玄関が開く音と、しばらくしてからただいまぁと気の抜けた声が聞こえた。それから誠がリビングの扉を開けて入ってくる。その手には珍しく書類ケースが握られていた。 研究職の誠はこうして書類を持って帰ってくることはない。誠が普段している仕事は社外秘どころか部署外秘なものばかりらしい。珍しいなと思っていると中身を取り出して並べ始める。その中身は仕事とは全く関係のないものだった。 「おにーさん、これ何に見える?」 「テーマパークのパンフレット」 「俺もそう見える。社員旅行だってぇ」 そう言うと誠は青い顔をしてパンフレットを見る。 こいつの場合、忙しすぎて行けないんだろうななんて思った俺は誠の会社を舐めていた。 「全員、参加なんだって」 「?よかったじゃん」 「何が!?おにーさんも知ってるでしょ!?俺が連休を取るためにどれほど午前様してると思ってるの!こんなの行くくらいなら早く帰らせてえぇ」 そう叫ぶと誠は泣き崩れた。 ぐずぐず泣きながら俺にしがみ付いて行きたくない行きたくないと泣いている。全員参加はまだしも、そのために残業するのかよ。そりゃ行きたくねえよなと思う。落ち着けと背中を撫でて、いやいや行きたくないと繰り返す誠をなだめるのは大変だった。 「ぐずっ、やだ、いぎだぐない゛」 「泣くか食うかどっちかしろ」 言っても泣きながら食うことは知ってるけど一応注意はする。誠は泣きながら食べ終わり、食べた後もせっかく初めて行くのに残業続きで寝不足の中行っても楽しくないと拗ねている。 普段でさえ9時過ぎにしか帰ってこない誠は、連休を取る場合その週のほとんどを日を跨ぐまで残業している。それがまさか社員旅行のためなんて、笑えない。そうまでして行きたくないという気持ちには共感しかない。 「せっかくなら元気に楽しく行きたいのに、顔にクマを貼り付けて疲れた体引きずって行くくらいなら家で寝てたい」 「部署の人は?」 「みんな青い顔して案内破り捨ててた」 そうなるだろうな。そんなに残業が多いのになんで続けてんだろうと思ったことは何度もあるけど、仕事内容に関しては誠は好きで仕方ないらしい。試行錯誤して開発していくその仕事は楽しいんだと、話す姿を見ていて思う。 「出張もさあ、近くにあると思うんだあ」 「どこに?」 「また大学、そっちもかなり大詰めっていうかこれで終わりかなあ。1週間くらい行ってくると思う」 「おみくじ当たってたな」 「え?」 「仕事。順調みたいだけど忙しくなってんじゃん」 おみくじを引いて喜んでたかと思えば大泣きしていた。そこにあった言葉通り、順調だけど忙しくなっている誠を見て当たるもんだなとなんとなく思った。 落ち込む誠の頭を撫でて、食べ終わった食器の片付けを始める。しばらくして諦めたのか、受け入れたのか。誠は立ち上がり、俺に抱きついてきた。甘えたい時にこうするのは誠のくせのようなものだし、俺はこれが可愛くて仕方ないから別に気にしない。 「どうした?」 「おにーさん、仕事頑張るから。だから今日はいっぱいいじめて」 仕事の忙しさに絶望しても、週末にやりたいのは変わらないらしい。甘えるように擦り寄ってきた誠は、それだけ言うとシャワー浴びてくるとリビングを出て行った。

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