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忙しさに拍車がかかり、出張が先か、社員旅行が先かどっちだろうと思っていたら社員旅行が先になりそうだった。
技術部の面々は週末に迫った社員旅行のために日を跨ぐ残業を重ね、うっかり営業さんが急ぎのものを持ってきたら温厚な野田さんでさえ睨むほどに忙しかった。
「伊藤くん、夢の国行ったことある?」
「ないです。こんな思いしてまで行きたくないです」
「私、年パス買うほど好きなんだけど嫌いになりそう」
「俺は行ったことないけど嫌いになれそうです」
鈴木さんは夢の国が好きな分俺より辛いだろうなあ。好きな場所が忙しさのせいで嫌いになるかもしれないなんてもったいない。
野田さんも内村さんも夢の国なんてなかったと言いながら働き、うちの部署だけは週末になるほど闇が深くなっていった。
そんな金曜日、明日からの強制社員旅行に向けて全員が全員午前になるまで働いて、お疲れ様とクマを貼り付けた顔で解散した。
原付に乗っておにーさんの家に帰る。今週はずっとこんな時間に帰ってるから、俺が家に帰ってもおにーさんはいつも寝ている。それがさみしいけど、おにーさんだって働いているしワガママは言わなかった。
玄関を開けるとリビングの電気が付いているけど、おにーさんはいつも付けててくれている。暗い家に帰んの嫌だろと言ってくれたことがあって、そんな気遣いが嬉しかった。静かに廊下を歩いて、リビングの扉を開ける。
「おかえり」
「え?ただいま?」
あれ?寝てないの?もう1時近いよ?
「それ、中確認しとけ。足りねえもんあるなら言ってくれれば出すし」
「?」
「忙しすぎて旅行の荷物もまとめてなかっただろ」
「っ、おにーざんっ」
ありがとうと抱き付く。明日が休みだからと、きっと待っててくれた。俺が用意してなかったことにも気づいて、何も言わずに荷物を纏めてくれた。
「はいはい、飯と風呂どっち?」
「………お風呂。食べたら寝そう」
「着替え持って行ってやるから行ってこい」
「うん」
シャワーを浴びて、本当はお湯に浸かりたいけど寝る気しかしなくてそれは我慢した。あんまり温まれないまま浴室から出て、体を拭いて服を着る。本格的な寒さが来て、おにーさんはパジャマを買ってくれたので暖かい。
リビングに行くとご飯を温めなおしてくれていて、美味しそうな匂いが広がっていた。
「おにーさん、起きててくれてありがとぉ」
「明日休みだからな」
「荷物もありがとぉ。忘れ物は買うつもりだったんだあ」
ぶっちゃけ言うと全部現地で買えばいいやと思っていた。用意する暇なかったし、それが俺の導いた最善だった。おにーさんが用意してくれたなら必要なものが入ってるはずだから問題ない。
おにーさんと少し話しながらご飯を食べて、食べ終わった食器を片付けてくれている間に荷物を見ると俺が思い浮かぶ必要なものはきちんと入っていた。
「足りなものある?」
「ううん、ない」
「そら良かった。なら寝るか」
「うん。おにーさん、抱っこ」
「ったく」
舌打ちしながらもおにーさんは抱き上げてくれる。スリスリと首筋に顔を擦り付けて、ムラムラしてきてぺろっと舐める。おにーさんは何も言わずに寝室に連れて行ってくれて、俺をベッドに寝かせて自分も横になった。何もしないのかあ。
ぎゅうっとおにーさんにしがみついて目を閉じる。
「おにーさん」
「ん?」
「ムラムラする」
「………はあ」
ため息が聞こえて見上げると、おにーさんは手で顔を覆っていた。そんなに呆れるようなこと言った?
「お前、明日何時起きだ?」
「7時半かなあ。8時過ぎに家出たら間に合う」
「今何時だ?」
「2時過ぎ」
「こんな遅いんだから今日は寝とけ」
どうやら俺の睡眠不足に気を遣ってくれていたらしい。
もう手遅れなくらい睡眠不足なんだけどなあ。それでも気を遣って貰ったのは嬉しくて、ムラムラするけど大人しく気遣いを受け取ることにする。
「日曜はエッチしようね」
「はいはい」
もう一度目を閉じて、今度は眠ろうとする。努力なんてしなくても一瞬で夢の中に旅立てたから寝不足は深刻だったようだ。
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