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66.
きちんと朝ごはんを食べて、荷物を持って家を出る。夢の国に行くはずなのに、寝不足から気分は滅入っている。なんならおにーさんとゆっくり過ごす時間の方が俺にとっては夢の時間だ。
行きたくないと最後までごねる俺に、おにーさんはバスん中で食えと紙袋を渡してくれた。見てもいい?と聞けばバスん中で開けろと言われて今見ることは諦める。
「おにーさん、お土産いる?」
「いらねえよ。元気に帰って来いよ」
「?」
「社員旅行の夜なんて宴会だろ」
「………やだなあ。おにーさん、俺熱ない?」
前髪をあげておでこを出すと、おにーさんは手を当てて平熱だなと言った。分かってたけど、分かってるけど、熱くらい出て欲しかった。しぶしぶ行ってきますと家を出て、集合場所に向かった。
すでに集まっている会社の人はみんな楽しそうにしている。そりゃ社員旅行で夢の国、2日分のパスも交通費もホテル代も会社負担。パーク内では各自自由行動だから楽しみで当然だろう。技術部は滅入ってるんだぞと思ったら、不思議とそうでもなかった。
「伊藤くん、もっと元気に行かなきゃ!」
「鈴木さん、元気ですね」
「だって夢の国だよ?楽しみ!パスあるからいつでも行けるけど、やっぱり何度行っても楽しいし」
「俺は嫌いになりそうです」
鈴木さんは手のひらを返して楽しもうとしているし、昨日までクマと友達だった野田さん、内村さんは家族から頼まれたらしいお土産リストなんかを見て笑顔だ。行きたくないと引きずっているのは俺だけのようだった。
その後も続々と会社の人が集まり、普段スーツの営業さんだったり仕事着姿ばかり見ていた人の私服姿って新鮮だなあなんて考えながらバスに乗った。
同期が固まって座ったので、隣は阿川くんになった。阿川くんが伊藤くんの隣がいいと挙手してきて、誰でも良かった俺はそのまま阿川くんと座った。
バスに座ってから、持ってきていた紙袋を開ける。最初にウエットティッシュが入っていて、その下に紙箱。その中身はフルーツサンドだった。
「うわあ、美味しそう。今日のおやつだあ」
おにーさんは今日のおやつを持たせてくれていたらしい。こんな時までおやつ!って言わないのに、おやつを作ってくれたことが嬉しくてつい笑ってしまった。
「伊藤くん、それ朝ごはん?」
「今日のおやつ!」
「それ、手作り?」
「うん、多分」
「多分!?やっぱり伊藤くん彼女いる?」
「いなーい」
いただきまーすとパクっとフルーツサンドに齧り付く。甘過ぎない適度な甘さとフルーツの酸味が美味しくってあっという間になくなった。阿川くんが1つちょうだいと狙ってきたけど、当然渡さなかった。これは俺のために作ってくれたものだから俺が食べる。
「伊藤くん、本当に彼女いない?」
「いない」
「じゃあそれ作ったの誰?」
「…………」
誰かあ。阿川くんに1番わかりやすく言うならミホちゃんのおにーさん。でもそんなこと言うとなんでそんな人と関わってんの?しかもこんなの作ってもらうほど?とか、ミホちゃんと連絡取れる?とかなりそうだし面倒なことが多いから言わない。
「伊藤くんも秘密主義だよな」
「も?」
「ミホちゃんも自分のこと何も言わないし。未だに名前すら知らない」
「そうなの?」
落ち込む様子で頷いた阿川くん。ミホちゃんの名前が夏目穂積くんっていうことは知ってるけど、そんなことを言うと次に散髪された時に一体どんなことをされるか怖くて仕方ないから言わない。
と言うか、ミホちゃんと会ってるの?
「俺がしつこいからって折れてくれたけど、まあひどい」
「?」
「ミホちゃんが八つ当たりしたい時以外で連絡きたことない」
仕事柄ストレスも溜まるだろうしね。
というかミホちゃんの八つ当たりとか怖すぎる。ちょっと挨拶ってノリで俺の乳首抓ったもん、八つ当たりなんてそれよりひどいに決まってる。
「ミホちゃん、セックス上手いよなあ」
「ふお!?露骨!昼間!太陽こんにちはしてるから!」
「どうせみんな大人じゃん」
「そういう問題でもないから!」
「痛いのにハマった」
「阿川くん、どえむなの?」
「そんなつもりはない」
キリッと言うけど、たぶんどえむなんだろうなあ。
人の恋路?に首を突っ込むのは好きじゃない。けど、ミホちゃんはちょっと意地悪なところもあるけどおにーさんによく似ているから笑っていてほしい。本質的に優しいところや、呆れたり怒ったりした表情はそっくりだし、口癖も一緒。さでぃすてぃっくなところまで似てる2人。それでも、ミホちゃんの方が脆い、と思う。
「体の付き合いとかはだめだよ」
「え?」
「ミホちゃんは、多分きっとそんな子じゃない」
「え?」
たった一度だけ見たミホちゃんの寂しそうな顔。
ミホちゃんが今のように、自分に従順じゃない人をいたぶって遊んでいるのはきっと理由がある。悲しい理由が、きっとある。
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