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年末への追い込むような忙しさを超えて、ようやく落ち着いた。そして、俺にとっては初めてと言っても過言ではない定時上がり。 嬉しい気持ちを隠しきれずに家に帰って、落ち込んだ。 「ただいまぁ!」 玄関を開けた第一声。いつもなら奥の方からおかえりって聞こえるのに聞こえないし、明るいはずの部屋が暗い。不安になって中を進むとそこはガランとしていて、おにーさんが居ない。リビングにも、キッチンにも、トイレにも、お風呂にも、寝室にも居なかった。 おにーさんが居ない家に帰ってくるのも初めてだった。 頭の中では仕事だって、おにーさんは定時が6時だって言ってたから定時が5時の俺が早く帰ってくるのは当たり前だって分かってるのに、ボロボロと涙が溢れた。 この家はすごく好きだけど、俺はおにーさんが居て、おにーさんがおかえりって言ってくれるここが好きなんだ。 おにーさんが居ないだけでこんなにも寂しくなるなんて知らなかった。 廊下に座り込んだままシクシクしているうちに、玄関がガチャっと開く音がした。 迷うことなく立ち上がって玄関に向かう。 おにーさんがスーツを着てるだとか、まだ荷物を持っているだとかそんなの気にせずに飛びついた。 「うわっ、誠?」 「ゔぅ、おにーざん」 「はあ?なんで泣いてんの?」 「ゔぅ、だっでえ」 ズビズビ鼻をすすると、鼻水つけんなよと言われたけど遅い。いやいやと顔を擦り付けるとため息が聞こえて、おにーさんが俺を抱き上げてくれた。 おにーさんが居なくて不安ですごく寂しかったと泣きながら伝えれば、優しく笑ったおにーさんがお前ほんと一人暮らし向かねえなと頭を撫でてくれた。 ようやく落ち着いてきた頃、体を離しておにーさんを見ると来ているアウターが悲惨だ。涙と鼻水でテカテカしてる。色が濃いグレーだからそんなに色の変化は分からないけど、まあ酷い。 「ったく、泣きすぎ」 「ごめん、なさい」 責めるようなことを言ったのに、俺を撫でる手は優しくて怒ってないよと言ってくれる。上着の替え出さないとなって言いながら上着を脱いだおにーさん。久しぶりに見るスーツ姿。 俺がお盆の振替を取った時も見たけど、その時はこんな風にドキドキしなかった。いつもと雰囲気が変わるおにーさんを見て、こんな風に胸が高鳴ったりしなかった。 「お前、よく一人暮らししてたな」 「あの頃はあれが当たり前だったもん。この家は、おにーさんが居るから俺の大好きな場所なんだよ。居るって思ってたから、居なくてすごく怖くなって、捨てられたらどおしよおって」 「おい、また泣いたりすんなよ」 「ゔ、ゔん、だいじょおぶ、ずびっ」 「全然大丈夫じゃねえな」 またグリグリと顔を押し付けて、無事だったスーツまでぐちゃぐちゃしていい加減にしろと怒られた。 おにーさんはせめて着替えさせろと言ってスーツから部屋着に着替えて、俺のことを膝に乗せてぎゅうってしてくれた。 明日からもおにーさんは今日くらいの時間に帰って来るけど大丈夫かと聞かれた。ちゃんと帰ってくる?と聞けばここ俺んちと言われて、それなら明日はいい子で待ってると答えた。 おにーさんが帰ってくるのを、いい子で待ってる。 そう決意したのに、翌日からも俺の心はぼきぼきと折られまくった。泣くことはなかったけど、ものすごく寂しい。俺、家ペットに向いてない。飼い主のいる家で飼い主が居ないのはものすごく辛い。せっかく残業がないのに、残業したい…と漏らした俺に部署の人はついに壊れた?と心配された。 これが年末まで続くと思うと、俺は残業に追われるくらいの方がちょうどいいと考えるほどにおにーさんのいない家に帰るのは、寂しかった。

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