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「ただいま」 「っ、おかえりーっ!」 1人寂しい家の中、おにーさんの帰りを待つ。帰ってきたらお出迎え(飛びつき)に行くのが恒例だ。 「っ、ちょっと待て!今日は待て!」 カバンを持った手で俺の頭を押すおにーさん。抱きつこうとした腕がぷらーんと垂れて行き場をなくしている。どうしてダメなの?とおにーさんを見ようとするのにカバンに邪魔されて何も見えなかった。 「クリスマスケーキ持ってるから待て、崩れるぞ」 「はいっ!おにーさんケーキ持つよぉ」 ケーキ!ケーキ!と両手を出してケーキを待つ。おにーさんはため息をついて俺の手にケーキの箱を持たせてくれた。リビングに運び、電気をつけて冷蔵庫にケーキを直す。本当は覗き見してつまみ食いしたいけど怒られるから我慢。 「毎日言うけど、電気くらい付けろよ」 「やだ」 一言で終わらせて、おにーさんがご飯を作るのを手伝う。と言っても野菜を洗ったり調味料を測ったりするくらいしかさせてもらえない。包丁なんて論外らしいし、火は滅相も無いらしい。 俺が最初から最後まで作るって言えばグリーンサラダくらいだ。葉野菜をちぎってドレッシングをかけるやつ。俺が全部作った!と喜んだからか、数日おきに葉野菜をコロコロ変えながら作らせてくれるおにーさんはやっぱり優しい。こうして俺の出来る力を育ててる(俺は幾つだ)。 「俺、ベビーリーフの食べ方初めて知った」 「お前ん家じゃ使わねえの?」 「母さんはほうれん草と同じ感覚で使ってたから生で食べるなんて初めてだったよ」 「は?」 「ベビーリーフって炒め物とか味噌汁とかになるって思ってた」 「お前の食育も躾直しが必要か?」 失礼な! うちの料理がちょっとばかり変わってることくらいもう分かってるし。別に死ぬようなものじゃないし、ちょっと奇抜なだけで食べたら案外いけると俺は思ってる。 ぷんぷんしながらグリーンサラダを完成させて、俺がすることはもうないから机に座っておにーさんとお話ししながら料理の完成を待った。 おにーさんは俺が好きそうだからってチキンをきちんと用意してくれていて、こんがり焼かれたチキンを見て喜ぶ俺にふっと笑った。クリスマスを意識したのはチキンくらいだけど、いつものご飯プラスチキンがある今日は華やか。 いつも満腹だけどいつもより満腹。腹12分目くらい食べたあって思うけど、俺にはまだ別腹があるから大丈夫。 「おにーさんケーキ!」 「はいはい。カフェオレは?」 「いる!」 俺がすぐに食べることなんてバレバレだった。 おにーさんはケーキの箱を机に置いて開けてろと言ったのでいそいそと箱を開ける。デーンと出てきたのはいちごのショート。いちごがたっぷり乗っていて、側には砂糖でできたサンタのお人形。メリークリスマスって書いたチョコも乗っていてザ・クリスマスっていう感じのケーキ。 すごく美味しそうで、生クリームに手が伸びる。 「今食ったらやらねえぞ」 そんな言葉が聞こえてピシッと体が止まった。 待てをされた俺は目の前のケーキの誘惑と必死に戦い、おにーさんは我慢していた俺にいい子って言ってカフェオレを置いて、手際よくケーキを切ってくれた。 ケーキは当然、とても美味しかった。おにーさんが淹れてくれたカフェオレはいつもより甘さ控えめでケーキに合わせてくれんだと思う。本当に気が利くなあ。 おにーさんは結婚に向いてそうで向かない。こんなに家事が上手な人、俺が女の人なら逆に遠慮したい。めっちゃ頑張らなきゃって追い詰められそう。おにーさんはこのままずっと俺を飼ってればいいんだよって、独占欲にも似たそんな気持ちを自覚したクリスマスだった。

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