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こんなにゆっくり同期と話すのも久しぶりだなあと思う。 話題が出会いがないと言うことばかりで俺からは苦笑が漏れる。俺には出会いがないんじゃなくて出会うための暇もない。と言っても、今出会いは求めてないけど。 俺の同期はどうも活動的なタイプが多いらしく、阿川くんのように手軽な出会いから、婚活パーティーなんてものに手を出していた奴もいた。 結婚は早くない?って聞けば、数年付き合ってって考えると今出会っておかないとって言う。 数年付き合ってって、なんのこだわりだろう。 俺の次兄は出会って3ヶ月、付き合って2ヶ月、同棲して1ヶ月で結婚してた。同棲が彼女(現奥さん)の両親にバレた際、兄が結婚を前提に同棲してます!なんて堂々と宣言した結果そのまま結婚になったらしい。 逆に四兄は中学生の頃からお付き合いしていた同級生と数年前に結婚したから交際期間は10年を超えている。兄は付き合ってからの人生の方が付き合ってない人生よりも長くなったなんて言って笑っていた。 「こんなにゆっくり話すの初めてだなあ」 「伊藤くんだけな。俺たちは数ヶ月に一回みんなで飲みに行ってる」 「なんで俺はみご?気づいてなかったんだから今言うことないじゃん」 「誘いたくてもさ、伊藤くん来るってなったら残業やばくない?」 「…………やばい。みんなに合わせて7時頃とかから飲むってなればその週全部午前様かなあ」 「そんなん見てると声かけらんないって」 誘おうとはしてくれたらしいけど、俺の状況を見て誘えなかったと言われればそれ以上責めることも出来ず、そのことは言わないことにした。 話す暇がなくて、どこに配属されたかは知っていても、どんなことをやってるのか知らなかったからみんなの詳しい仕事も聞いたりした。みんなはみんなで何やってるのか謎な割に忙しすぎる技術部が何をしてるのか気になるらしく、結局は仕事の話をしていた気がする。 「え、伊藤くん辞表持ってんの?」 「うん。配属された初日に書けって言われて書かされたよ。技術部はみんな辞表したためてるよ。いつでも出してやる!って思ってるし、夜になったらみんなテンション違う」 「どんな風に?」 「叫んでたり、嘆いてたり、無表情になってたり。帰りたくて仕方ないもん。家に帰ってあったかいご飯食べてあったかいお風呂に入ってあったかい布団で寝たい」 「伊藤くん、生活荒んでそう」 「今はそうでもないよ。入社して最初の頃はやばかった」 今もやばいだろって言われ、みんなでケラケラ笑う。 こうして同期と話す機会もなかったんだなあ。みんなはそれが出来てたのに、俺はそんなことも出来なかったんだなあと、笑い声の中で何となく、寂しさを感じた。 あっという間に終わった新年会。 そのまま会社主催の二次会に行く人や、女性同士で女子会向きの小洒落たお店に行く人、男同士で渋いお店に行く人など何グループかに分かれる中、帰る人はそれぞれ散っていく。 「伊藤くん!」 「やだ」 「まだ何も言ってないのに?お願い、付き合って!」 「むり」 「ミホちゃんのお店この辺だから見に行きたいから付き合って」 「俺のこと付き合わせ過ぎ!」 「今度奢るから!」 「やだってば!」 この怪力!馬鹿力! 完全に引きずられる俺と、グイグイ進む阿川くん。 俺、ミホちゃんの仕事場見たことなかったなあ。美容師さんっておしゃれな所で働いてそうなのにこんな疲れ切った社畜が行って大丈夫? 諦めてとぼとぼ歩き、おにーさんにごめんなさい。少し遅くなりますと連絡を入れた。 本当にミホちゃんの職場の近くだったらしく、10分歩いたか歩かないかってところで阿川くんの足が止まった。そのお店はガラス張りで、ナチュラルな木目と白を基調とした明るい店内。観葉植物なんかもおしゃれに飾られていて、とにかくおしゃれだ。まだ練習をしているのか、クローズと札がかかっているのに中には人が居て、何やら指導を受けている。 指導を受ける人の中には当然ミホちゃんも居て、集中しているミホちゃんは俺たちが見ていることには全く気づかなかった。 「ミホちゃん、いい顔してるね」 「年明けてから髪、切ってもらったんだ」 「そうなんだ」 「その時、初めてあの顔みた」 「うん」 「それまで笑っててもなんかこう、暗いっていうか黒いっていうか。そんなだったのにあんな優しい顔するんだって知ったら、もっと知りたくなった」 「お店、ミホちゃんに教えてもらったの?」 「…………ちょっと、調べた」 ストーカーじゃん。 そんなんミホちゃんにバレたらお仕置き案件だよ。 阿川くんは俺と違ってどえむみたいだからお仕置きされたいのかな。俺は絶対にされたくないけどなあ。 しばらく見ていると店内の人が出てき始めて、当然ミホちゃんだって出てくる。視界の端に俺と阿川くんを捉えたらしいミホちゃんは、一瞬驚いた顔をして、ニンマリと笑った。ああ、嫌な予感。 「阿川くん、俺帰る」 「え!?なんで!?ミホちゃんと知り合いだよな?」 「あのミホちゃんはいい気がしない。今は逃げた方が俺にとっていい気がする」 「頼む!ここまで来たんだから付き合って!」 「嫌だ!そもそもひきずって来たくせに!」 逃げようとするけどやっぱり阿川くんの力は強くて、それでも逃げたくて暴れているとトントンと肩を叩かれ振り返る。そこには顔を歪ませて笑い、機嫌が悪いことを全く隠そうとしないミホちゃんがいた。

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