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「ほんとさー、何年前のこと引きずってんだって言われることくらい分かってんだよ」 「うん」 ぐちぐちと、完全に愚痴をこぼすミホちゃん。 あの後も怒りからなのかぐびぐびビールを進めたミホちゃんはいつもより饒舌に愚痴をこぼす。主に自分を捨てた恋人のことと、今の自分のやるせいない状況についての愚痴だ。 「俺、どうやったら良かったの」 「うーん」 「うーんじゃない!その顔がムカつく」 「いひゃい」 むにっと頬を摘まれて引っ張られて少し痛い。酔ってるせいかそんなに力は入ってなくて、叫ぶような痛さはない。 「俺はね、ミホちゃんが捨てられて良かったなあって思う」 「ああ?もっと痛くしてってか?」 「ちがっ!違うから!やめて!痛っ!」 力を込められるんじゃなく、頬に爪を立てられて叫ぶ。 もがいて逃げて、ミホちゃんを睨む。ううっ、痛い、人の話は最後までちゃんと聞こうよ! 「ミホちゃんがさ、相手の人に痛い思いとかさせたくなかったり、相手のことが大好きで自分のしたいこと押し殺してても。気づかずにつまんないなんていうバカと付き合ってる必要なんてないよ」 ミホちゃんがどんだけ優しいか、ちゃんと見ない人にはもったいない。その当時のミホちゃんのことは知らない。今のミホちゃんはどうしてもさでぃすてぃっくな部分が強く感じられるけど、それでも優しいってことをちゃんと気付く人がいい。どっちのミホちゃんが好きじゃなくて、どっちのミホちゃんも大事にしてくれる人を好きになればいいと思う。 「誠くんは?」 「なにが?」 「引きずった恋とかないの?」 うーん、うーん。 思い返してみても、ない。 そりゃ振られた時や別れた時は辛かったりはしたけど、所詮その程度の信用しかなかったって思うと付き合い続けてても変わらなかったんだろうなって思うことばかりだ。 納得できない言いがかりもあったけど、それでも俺は引きずるよりもその程度かって終わってた気がする。 それはある意味、真剣に好きじゃなかったってことなのかも、知れない。俺はミホちゃんのように、引きずるほど好きじゃなかっただけかも知れない。 「俺には体だけはダメとか言うくせに自分だって大して好きじゃないとかふざけんなよ」 「ちょっとお!俺はちゃんとお付き合いした相手としかエッチしないもん言いがかり!」 「兄貴とは付き合ってねえだろ」 「おにーさんは別!俺は愛玩用だから!愛されて可愛がられてるだけ!」 「うっざ」 ビール片手に苛立ちを隠さないミホちゃんとしばらく店で過ごし、ミホちゃんが片手で足りないほどビールを飲んでから店を出る。お会計はミホちゃんが飲んでばかりだったから、サラッと俺の分はご馳走してくれた。 店を出た時間はかなり遅くなっていて、外には阿川くんはもう居なかった。居たらストーカー認定間違いなしだから居なくてよかった。危うく同期が犯罪者になるところだった。 「ミホちゃん、気を付けて帰ってね」 「誠くんもな」 バイバイと手を振り、それぞれ別のタクシーに乗り込んだ。知らなかったミホちゃんを知って、俺はもっとミホちゃんを好きになった。いつかミホちゃんが、もう1度信じてもいいって思える人に出会えたらいいなあって思う。 おにーさんの家の前でタクシーを降り、静かに玄関を開ける。12時近いから、もし寝てたら起こしちゃうし。 だけど、金曜日だからか今日は起きていてくれた。 最近のおにーさんは、俺の午前様が続く時、金曜日だけは起きていてくれる。 「おにーさんただいまっ!」 「おかえり」 「ふふっ、おにーさんっ」 ソファに座っていたおにーさんに迷いなく飛び付いて、グリグリと甘える。ミホちゃんと話して、すっごくおにーさんのことが恋しくなった。 「おにーさん、大好き」 「ははっ、やけに甘えただな」 「うん。大好き」 こうして受け止めてもらえることって、そうない。 私生活ダメ人間の俺を誰より見てるはずなのに、それでも俺のこと捨てずに面倒をきちんと見てくれる人。 ミホちゃんに引きずった恋はないのって聞かれて、そんな恋は思い浮かばなかった。恋とは少し違う関係だけど、おにーさんに捨てられたらきっと引きずる。というか生きていけない。 ちょっと危険なこの人に、俺は依存しきっている。

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