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おにーさんの家に出て、しょんぼりと地元へ向かう。 心底行きたくない。 両親のことも、兄たちのことも、兄の奥さんたちも、姪っ子たちもみんな大好きだし、地元だって好きなのに帰りたくない。 そこにおにーさんが居ないなら、行きたくない。 そんな俺を乗せた電車は走り続け、いつもの休日ならおやつを貰っている時間に地元の駅に着いた。 父さんに車を借りて姪っ子たちに遅くなったお年玉を届けたら、兄たちに気を遣われ、23にもなった社会人にお年玉を渡そうとする兄を必死に止めて、逃げるように実家に帰った。 「………母さん、これなぁに?」 「誠が帰ってくるってゆうし、若いからエネルギー必要やと思ってん」 「すっごいエネルギー付きそう。ありがと」 食卓に並んだご飯に、父さんは白目を剥きそうになっていた。母さんのご飯を長いこと食べてなかった俺にとっては久しぶりに見るそれは新鮮だった。 「焼き魚は不評やったから今回はステーキにしたんやけど、どお?」 「魚より良いかも。でもこうするならトン?牛?カツにしてカツカレーとかでも良かったかも」 「そぉ?」 「けど、この焼かれましたあって感じのステーキが乗ったカレーもいいね」 「やろ?」 ステーキが丸ごと乗ったカレーを食べる俺と母さん。ステーキだけを別のお皿にそっと避けて、別々に食べる父さん。この光景もこの家にいた頃はよく見ていたはずなのに、なんだかとても懐かしかった。 「誠痩せた?」 「うん。ちょっと仕事が激務で」 「そぉなん。あんたひょろっこいからそんなんじゃ彩綾ちゃんに振られんで」 「もお振られた」 「ええ!?あんたにもったいない美人やったやん」 「もお良いの。未練なんてないし」 「なになに?向こうで新しい子ぉみっけたん?」 「…………」 「え?そぉなん?どんな子?」 どんな子、かあ。 背が高くてすまし顔、だけど表情豊かでよく笑う。家事全般が得意。 すっごく優しいけど、エッチはすっごくすっごく意地悪でさでぃすてぃっくなところがある。 疲れると甘えん坊になって、俺のことをグリグリと撫で回して甘える癖がある。 おにーさんのことを思い出してみるとそんな感じだけど、口には出さなかった。 「誠、いい子ぉ好きになってんなぁ」 「え?」 「誠は彩綾ちゃんのこともその前の彼女も普通に家連れてきとったけど、どの子にもそんな顔せんかったやん」 「?」 「末っ子で甘えん坊なあんたのこと、ちゃあんと甘やかしてくれる人なんやろ?」 ………離れて暮らしても、やっぱり母さんは母さんだ。 俺のことを生み、育ててくれた人。こういうところ、見逃してくれないらしい。 どう返すか悩んでいると、こほんと咳払いした父さん。止めてくれるのかなと思ったら全然違った。 「誠」 「なあに」 「1人くらい、男の孫を作ってくれ」 「それは無理」 それは無理なんだなあ。だって俺が今思い浮かべたのはおにーさんだもん。どうやったって孫は見せてあげれない。まあ、俺1人結婚せずに居たからってこの家を継いでくれる人はあと4人もいるし、その次の世代はさらに8人もいる。四兄のところはまだ作るだろうし、他の兄や奥さんたちの年齢を考えるとどの夫婦だってまだ子どもを生めるだろうし、男の子はそこに期待してほしい。 「誠、仕事激務ってどんな感じなん?」 「うーん、俺1月になってから夜の9時に家にいた記憶がない」 「それブラック企業ってやつちゃうん?」 「たぶんそお。母さん、俺が過労死したら戦ってね」 「分かった!任せとき!」 「それなのに安月給……」 「あんたそんなんでお年玉出して平気なん?」 「それは大丈夫。俺めっちゃ貯金してる」 いくらくらい!?と興味津々で聞いてきた母さんに金額を言えばカチンと固まった。何でそんなに!?と聞かれ、生活費の折半させてくれないから使わない分貯金してると答えた。 「………相手の方、年上なん?」 「…………」 「めっちゃ稼いでる人なん?」 「………年上で、稼ぎは今の俺の倍以上だよ」 「あんた、ヒモやん」 「無職じゃないから!働いてるから!ちゃんと働いてるから!食費も家賃も光熱費も払うって言ったけど払わせてくれないだけだから!」 「なっさけないわあ」 分かってるから!そんな心底呆れたように言わなくていいから!言い返す言葉もなくて黙る俺を見て、深いため息をついた母さんは、迷惑だけはかけたらあかんでと言った。 それも、遅い。生活費は出さない(出させてもらえない)し、性生活まで完全に依存していて、さらには俺の体がバカすぎて色々とその後のケアまでしてもらっている。なんなら迷惑しかかけてない気がして、俯いて返事をしないでいると、さらに大きなため息が聞こえた。

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