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その日、家に帰ると母さんがまた個性溢れるご飯を作ってくれて少し笑いが漏れたけど、やっぱりおにーさんのご飯が食べたい。家を出るまで食べていた母さんのご飯だって俺は好きだけど、おにーさんが作ってくれるなんとなく懐かしくて、優しいご飯が食べたい。 「はあ」 「ちょっとぉ、人が作ったん食べながらため息ついたらあかんで。あんた彼女の前でそんなんしてへんやろぉな」 「しないよ。すっごく美味しいもん」 「まったく。働いて家出たと思ったら連絡してこぉへんし、気づいたら彼女と別れてヒモになってるし、誠忙しいな」 「それ忙しいって言うの?っていうかこのくらい別に気にしないでしょ」 「まぁな」 兄たちだってそれなりに恋愛して、結婚してるから順番があれ?って兄もいたし、彼女紹介じゃなくてこの子と結婚するわっていきなり連れてきた兄もいた。今更俺がどんな風に彼女を連れてきたってあんまり気にされないだろうけど、流石に彼女じゃなくて男性の飼い主連れてきたらびっくりすると思う。 そもそも俺はヒモじゃない。ちゃんと働いてる。ものすごく働いてる。そこだけは絶対に譲りたくない。 夕飯を食べ、お風呂に入ってもまだ余りある時間。 こんなことならプレステも持って帰ってくるべきだったなあ。この家を出た時に俺の私物も持っていくか売るか捨てるかしてるせいで、自室といっても何もない。 手持ち無沙汰でスマホをいじり、暇すぎて辛いとおにーさんにメッセージを送った。早く寝ろと短い返事がすぐにきたけど、まだ9時にもなってない。俺は小学生か!今時の小学生でももう少し起きてると思うよ? むむっと唸りスマホを眺め、諦めて目を閉じた。 おにーさんが恋しい。ぎゅうってしてほしい。あのあったかい体温に包まれて寝たい。そんなことを考えて眠りについた。 退屈な夜を数日過ごし、木曜日。 誘われるまま彩綾とお昼ご飯を食べる。学内にいくつかある学食の中で、俺がどこをお気に入りかも、彩綾がどこのどんなメニューが好きかも分かっているので行く食堂には迷わなかった。 「誠、またそれ?」 「好きだもん。彩綾も良くそれ食べてたね」 俺はいつもの定食。ボリューム的にちょうど良くて、毎日日替わりのメニューだから何も見ずに頼んだとしても昨日と同じなんてことには絶対にならないメニュー。4年通った中で半分以上はここの定食にお世話になった。彩綾は同じ食堂のサラダ丼がお気に入りだった。サラダ丼と言う割には、唐揚げが数個乗ってるから俺的に?って感じだし、食べてみたことはあるけどもう一杯入るってくらい物足りない。女の子にはちょうどいいらしいけど、大学生の男の胃袋には物足りないものだった。 俺と彩綾の関係はかなり変わったのに、こうして好きなものは変わってないんだな。 「変わんないね」 「俺も思った」 「誠、働いてからどんなだったの?」 「え?」 「………忙しかったのは、分かったけど。ほんと、よく知らないから」 そっか。本当に忙しかったんだけど、俺は仕事で忙しいとしか言わなかったのかも知れない。それに当時気付いたとしても、一人暮らしの頃の俺に彩綾をフォロー出来たとは思えないけど、俺はほとんど何も話してなかったんだな。 「入社2日目から、朝の7時には出勤して、帰るのは早くて夜の9時とか、遅いと日が変わってたり。こうして出張行くならそのために当然残業が続くし、おかしいよ。会社にサービスし過ぎ」 「浮気する暇、ないね」 「ないよ。そんな暇あるなら寝たいもん」 「なのにどうして特別で大事な人ができたの?いつから?」 「出会ったのは6月の半ばかな」 被ってないんだと呟いた彩綾にうんと頷く。 彩綾に振られてから俺はおにーさんに出会って、飼われてるから全く被ったりなんかしてない。きっと彩綾と別れてなかったら、おにーさんに出会うこともなかった。 「なんで、私に怒ったりしなかったの?」 「………正直に言うと、当時怒る気力もなかったんだよ。もうとにかくしんどくて。仕事は好きけど、プライベートなんて皆無。週に一度しかない休みだって家事に追われる毎日で、疲れ果ててた」 「私のこと、どうでも良かった?」 「そこまでは言わないけど」 だけど、俺はそれでも連絡を取る時間は持てなかった。 夢見てた社会人生活と全然違って、そのギャップに押し潰されて、殺されそうになってた中で彩綾のことまでフォロー出来なかった。その中で浮気したと言われても、俺はその誤解を丁寧に解いてあげる時間も取れなくてそのまま振られた。 「ごめん」 「え?」 「俺、彩綾が寂しかったなんて気付く余裕も無くて、なんで働いてんのに浮気してるって言われなきゃなんないのって思ってた」 「うん」 「けど、やっぱ信じて欲しかった気持ちもある」 「それは、ごめん」 「今度は彩綾のこと不安にさせないくらい彩綾にぞっこんな人好きになってね」 「それって私のことそんなに好きじゃなかったってこと?」 そう言うわけではないんだけど、引きずるほどじゃなかったって言うのは間違いない。振られて辛かったけど、俺にとってはそれだけだ。別れても好きで、引きずってどうしようもなくなったりはしなかった。 「好きだったけど、依存してないんだよ。依存なんてしちゃダメなんだろうけどさ」 彩綾に依存する人を好きになれとは言わない。 だけど、自分の限りある時間と彩綾の不安を天秤にかけることなく自分のことを優先した俺みたいなやつじゃなくて、そんな時でも彩綾のことを考えるようなやつ好きになってほしい。

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