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110.
届いたメニューを食べながら、そっと彩綾を見る。
どこか考え込むような彩綾の様子に、声をかけることなく黙って見守る。彩綾はきちんと伝えてくれる子だから、焦ることなく待っていたらいいってことは長い付き合いの中で知っている。
「私、誠のこと好きだよ」
「うん」
「けど、それは私が知らないままカッコつけてた誠であって、実は甘えるのが好きな誠じゃない」
「………うん」
「だけど、大好きだった」
「うん」
「大事に、してね」
「え?」
「私が見てあげれなかった誠のことも、受け入れてくれる人。大事に、大事にしてね」
俺が泣いちゃダメって分かってるのに、優しすぎる彩綾の言葉に泣きそうになった。俺が付き合っていた子は、優しくて強い。
「俺、彩綾と付き合っててよかった」
「………」
「だから、彩綾のこと、俺よりもっと理解して、もっとそばにいてくれて、もっともっと大事にしてくれる人を好きになって」
「っ、うんっ」
別れた時は辛かった。
好きな相手に疑われた俺も、好きな相手を疑った彩綾も、それなりに傷ついた。時間が経って、それだけじゃなかったことを知ってももう遅くて、その時にきちんと話をしてなきゃダメだった。
彩綾の泣き顔を見るのはこれを含めても数える程しかない。
きっと最後になるであろうこの涙は、とても綺麗だと思った。
泣き腫らした目の彩綾を家まで送り、俺も家に帰る。おにーさんに会いたい。ぎゅってして、ぎゅうってされたい。
気づいたらスマホを持って、おにーさんに電話をかけていた。
『誠?』
「っ!?え!?おにーさん?どぉしたの?」
『どうしたのって、お前がかけてきたんだろ』
「そうなの?」
『ああ。なんかあったのか?』
「んー、ううん、なんもないよ。おにーさんに大好きって言いたくなったの」
『なんだそれ』
「おにーさん…」
『なんだ?』
「遅くなるけど、明日仕事終わったらそっちに帰ってもいい?」
『いいよ。何時頃になる?』
「8時半頃にはそっちに着くかなあ」
『飯は?』
「食べる!」
うだうだ悩んでたけど、もお無理。恋しさの禁断症状に耐えれないから帰る。
息巻く俺におにーさんが電話口で笑ったのを感じる。むっとして、どぉせ寂しいのは俺だけだもんと可愛げのないことを言えば俺も寂しいけど?なんて冗談めいた口調で言われた。冗談なの、本気なの?顔見てても分かる気しないけど電話じゃもっと分かんない。だけど電話で良かった。絶対、俺の顔は赤い。
まだ外をてこてこ歩いていたけど、あんまり長電話はせずに早めに切った。おにーさんの声を聞いてると落ち着くけど、聞けば聞くほどぎゅってして欲しくて堪らなくなって、禁断症状が悪化する。
おにーさん不足の反動で甘えまくってうざいって言われたらどうしようってくらい甘えたくて仕方なかった。
翌日、スーツケースを持って大学に行く俺を見て、帰るん?と母さんに聞かれて頷いた。あんまり迷惑かけんようになって言われて、いきなり帰るなんてまさに迷惑じゃ……?と思いつつ頷いた。
母さんにまたねと言って家を出て大学に向かう。研究室に着くとすでに来ていた教授に挨拶すると荷物のことを突っ込まれた。
「伊藤、その荷物は?」
「今日このまま向こうに帰ろうと思って」
「そうなのか。ゼミ生たちがお前も誘ってご飯でもどうかって話してたんだけどな」
「帰ります」
「清々しいほど悩みないな」
「もぉ無理なんです。これ以上我慢出来ないです」
教授は何が?という顔をするけど見なかったことにして、今日の準備を始める。測定をしているとちらほらゼミ生たちもやってきて、各々発表の準備に取り掛かっていた。
俺がここに来る最終日だからか、仲の良かった後輩はみんな顔を見せに来てくれた。教授が言っていた通りご飯に誘われたけど、丁重にお断りした。
だけど、神様はどうも意地悪だ。俺がおにーさんの家に帰るぞ!と息巻いてる日に限ってイレギュラーなことが起こる。
「なんでぇ!何で今!?どうして今日!?」
「どうした?」
「ガス、切れました」
「思ってたより早いな」
「今日の分保つと思ったんですけど、切れました」
「替え方忘れたのか?」
「覚えてます。覚えてますよ、新しいガスに交換してから機器の中を馴染ませるために1時間は置いておいてブランク取るんですよね。知ってます。何で今日に限って残業なのぉぉお!」
最悪だ。もうやだ帰りたい。帰れないけど。
やらなきゃどうせ帰れない。嘆く時間があるならさっさと替えてさっさと終わらせよう。あとちょっとだったのに、本当にあと少しで終わりそうだったのにと機械に文句をぶつけた。
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