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おにーさんと眠るのは心地いい。聞こえるアラームの音にもぞもぞと動けばぎゅっと抱き締めてくる腕があってそれもまた心地いい。
ん?ってことはこのアラームおにーさんの?や、でもこの音は俺のアラームの音だよね?音の原因を探すとやっぱり俺のスマホが鳴っていて、時間は630といつも通りだった。
「穂高さん?」
「ん、起きてる」
「もう少し寝てても良いよ」
「大丈夫」
そう言って起き上がってくれるおにーさんはやっぱり眠そうで、本人も俺が出たら二度寝すると宣言している。おにーさんがこんな生活するの、初めて見た。
2人して起き上がって俺は洗面所に、おにーさんはリビングに消えていく。
俺は、おにーさんも疲れてるのに俺のお世話をさせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
「うわああ!クロワッサン?サンドイッチ?」
「どっちだろうな。クロワッサンは買ってきたけど」
「作ってくれてありがとぉっ」
手抜きだけどって言うけど、本当に手を抜きたいならクロワッサン買っておいたぞってそのまま置いておいてくれたらいい。わざわざクロワッサンに切り目を切れて、そこにレタスやハム、チーズなんかを挟んでくれるなんて十分に手間をかけてくれている。なんならご飯と卵があれば十分だ。いただきますと手を合わせて、パクリとかぶりつく。適度にかかったマヨネーズの酸味とクロワッサンのほのかな甘みが美味しい。
「穂高さん」
「なんだ?」
「今日俺が帰ってきたら話し合おう」
「なにを?」
「せめて3月だけでも家事の分担をしようってこと!」
平日だって感じてたけど、やっぱりおにーさんは疲れてる。せめてそんな時だけでも分担した方がいいと思うのにおにーさんは嫌だと言うだけで分担をする気はないらしい。
「お前が居なくても家事はするんだよ。気にするな」
「だけど今日とか俺が仕事じゃなかったらまだ寝れたよ?」
「そのくらいだろ。それ以外はお前が居なくてもすることばっかだ」
「でもっ!」
「ほら、時間なくなるぞ。早く行ってこい」
明らかに追い出そうとして来てるけど時間がないのも事実。夜にもっかい話すからねと言って家を飛び出した。
今日は土曜日!早く帰るぞと意気込んで職場に入ったのに、ペラっと貼られたメモとともにやっといてねってハートマーク付きで営業さんから仕事を乗せられている自分のデスクを見て嘆いた。
「今日も残業じゃん!いい加減帰らせて!?」
「うわ、伊藤くんが叫ぶって珍しいね、おはよう」
「鈴木さんも自分のデスク見たら嘆きますよ」
「え…………ああ、あれね。あれはもう見えないよね。私知らない」
挨拶をしてくれた時はニコニコ笑ってたはずなのに今はすっかり無表情を貼り付けた鈴木さん。忙しくなると笑顔が途端に消えて無になる鈴木さんは怖い。その後にやってきた野田さんや内村さんも仕事が乗ったデスクを見てわなわなと震えていた。
「今日は定時で帰ろう、ね?」
「野田さん、これ見て定時って言えますか?」
「俺たちだって休みくらいあったっていいじゃない!」
野田さんが俺たち全員の気持ちを大きく語ってくれる。そうだ、俺たちにだって休みくらいあったって良いはずだ。せめて隔週でいいから連休が欲しい。
みんなでミーティングを始め、今日の目標として全員の定時上がりを掲げて仕事に取り組み始めた。
やっと一息つけた頃には昼休憩に入ってすぐの時間で、俺もご飯にしようと食堂に行く。今日はカップ麺とおにぎり2つ。食べる暇がなければおにぎりだけになってたけど、食べる時間くらいはなんとかなりそうでホッとする。
人がまばらにしか居ない食堂に阿川くんがポツンと座っていて、その前に座る。
「ぼっち?」
「そう言うわけじゃないけど」
「どう見てもぼっちだよ」
「………来週じゃん、ホワイトデー」
「?そおだね」
「ミホちゃん、お返しくれるかなあ」
「さあ、ミホちゃんが意地悪したかったらあげたチョコそのまま返してきそう」
適当言ったつもりだったけど、あり得ると阿川くんを落ち込ませてしまった。今のミホちゃんはそんなことしないと思うけど、期待させても悪いからこのくらいで良いだろう。
「伊藤くん!ホワイトデーのお返し買いに行こう!」
「貰ってないのに?」
「………」
あ、ダメだ。さらに落ち込ませちゃった。
だけどお返しって言うからには貰ってからじゃなきゃ話にならないでしょ。
俺がご飯を食べていても色々と話してくれた阿川くんは、ミホちゃんが普通に連絡を返してくれることや誘ってみたら ため息ひとつ付いて焼肉に行ったと話してくれた。
「こんな優しいミホちゃん知ったらもっと好きになった」
「本人に言ってあげれば?」
「いつも流されて終わる」
「想像はつく」
「報われないなら好きになんかなりたく無かった」
そう言って項垂れる阿川くんには悪いけど、俺は笑いを堪えることに必死だ。男らしいはずなのに考え方は初めて恋する乙女過ぎて耐えきることはできなかった。
ぷるぷる震えて笑う俺に気づいた阿川くんは怒ってくるけど、ごめんごめんと言いながらも笑ってるから全然謝れていない。
「伊藤くん!」
「ふふっ、ほんとごめんって」
「俺そんなに変なこと言った?」
「知れば知るほど好きになるのって別によくない?」
「報われなくても?」
「報われたって幸せとは限んないよ」
「?」
報われたって幸せとは限らない。
初めて好きになった人、それも同性だったのにそれが報われたミホちゃんはそれでも傷ついた。報われたとしてもその後のことを考えたらミホちゃんのその恋は報われない方が良かった。
「伊藤くんが話してることがよく分からない」
「俺はぶつかるしかできないって言ってたひと月前の阿川くんの方が好きだなってこと」
「………そんなことも言ってたっけ」
「言ってた言ってた」
俺はそんな不器用なくらい真っ直ぐな阿川くんとミホちゃんがお付き合いをしたのならいいなあと思う。ミホちゃんが優しいことも知っていて、さでぃすてぃっくなことも知っていて、それでも好きだと言う阿川くんならきっとミホちゃんが一方的に傷つくことはない。阿川くんの体がミホちゃんに痛めつけられることはあるだろうけど、ミホちゃんはきっとそのフォローもするだろう(多分きっと)。
「もっともっと好きになってぶつけておいたいいと思う」
「砕けたら慰めろよ」
「少しならね」
砕けるにしてもミホちゃんは心までズタボロに傷つけるようなやり方はしないはずだ。体をいたぶることを好んでも、ミホちゃんは心まで傷つけたりはしない。
多分俺が阿川くんを慰める日は来ないだろうなと思いながら話を聞いて昼休みを過ごした。
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