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133.おにーさんサイド

チク、チク 時計の針はどんどん進むのに誠が帰ってこない。 3月に入り俺が忙しくなると同時に誠も忙しくなったらしく、誠は午前帰りが続いている。誠がこうして午前帰りで俺が先に寝ていることはよくある事だし、1週間出張で居ない時もあったから特に気にしてもいなかった。 ああ苛々する、くっそ。 だけど全然大丈夫じゃなかった。自分の仕事だけでも忙しくて目が回りそうなのにこんな時期に限ってインフルエンザ?ふざけんなと言いたいが、移しに来いと言えるはずもなく他人の仕事までせざるを得ない日々。 輪をかけたような忙しさに当然苛々する。何より苛々したのはそこに誠が居ないことだ。疲れて家に帰り、ゆっくり風呂に浸かっても抜けない疲れは睡眠さえ妨害した。 毎年3月はこれなのに、今年は例年よりも苛々する。それは完全に誠が居ないからだった。 20時前にようやく玄関が開き、どう見ても疲れ果てた誠が飛びついてくる。さっきまで苛々しながら時計を睨みつけていたはずなのにそんな気持ちが吹き飛んだ。 「ただいまあ」 「おかえり。遅かったな」 「営業さんに無茶振りされた…………納期2日は欲しいって言ってる検査、今日持ってきて月曜日に欲しいって。これ2日ないよね?営業日が2日欲しいって意味で言ったのにこれじゃ俺日曜も働かなきゃダメになる」 土曜日曜と2日あるっちゃあるが、まあ屁理屈もいいところだろう。営業日として数えるなら俺の会社なら土日はそもそも換算しない。土曜を営業日と数えている辺り信じられないが、それは誠が社畜たる所以だろう。 「終わったのか?」 「なんとか」 「疲れてんな」 「んー、穂高さんは?ちゃんと休めた?」 「ああ」 昨日はお前と寝たからな。お前が仕事に行ってからも疲れに邪魔されることなく眠れた。1週間溜まった疲れがやっと抜けた気がする。 誠は安心したように笑って、ご飯もう食べちゃった?と聞いてくる。まだと答えるとその顔を嬉しそうに綻ばせて手洗ってくる!と洗面所に駆け出していった。笑って見送って作っていた鍋を温める。鍋は1人で食うより誰かと食う方が美味いと思うから週末にたまにする程度。作るのは楽だし色々食えるしで疲れた時にも便利なメニューだと思っている。そして何より、誠が鍋好きだ。 「わあ!お鍋?何鍋?」 「味噌」 「辛いの入れてない?」 「入れてねえよ」 「しいたけは?くずきりは?」 「ちゃんと入れてる」 鍋のメインって例えば鶏肉や豚肉、あるいはツミレだと思ってたけど誠にとっての主役はしいたけとくずきりらしく、入れずに作った初めての鍋は落ち込まれた。それ以来しいたけもくずきりも欠かさない。 テーブルの真ん中に設置した鍋を囲み、好きなものを食べていく。 「やっぱり穂高さんと食べると3割増しで美味しい」 「そうか?」 「うん、いつもの3倍美味しい」 「それ3割じゃなくねえ?」 そんな下らない話をしながら2人で鍋をつつく。頭はいいはずなのにどうにもこうしておかしな発言をしてる時があるけど、こうして気が抜ける話をしているのも悪くない。 鍋を食べ終え、満腹とお腹をさすってソファに転がる誠を見て苛立つどころか安心する自分を自覚する。心の中でため息をつきながら片付けを終え、ソファに座ると誠は姿勢を正してソファの上に正座した。なかなかに珍妙な光景で笑いそうになる俺を前に、真剣な面持ちで口を開いた。 「穂高さん、家事の分担を提案します」 律儀に手まで上げて提案をしてくる誠を別にいいと一言で終わらせようとすれば食い下がってくる。掃除と洗濯くらいなら出来ると自分でも出来そうな家事を提案してくるけど、却下と一言で終わらせる。そんなこと望んでいない。 「疲れてる穂高さんにばっかりさせられないもん」 「お前が居なくてもするんだから気にすんな」 「むり」 はあとため息をつけば誠が食い付いてる。しんどい時くらい頼ってよと怒った声で言ってくるそれは俺を心配して、気遣ってそう言ってるんだろうけど本当に余計なお世話だ。別にいいと言い続ける俺に頑固者!と言い捨てる誠にさらにため息が出てくる。なんだこりゃ、喧嘩?になんのか?こんなくっだらねえ事でなんで言い合わなきゃなんねえんだよ。 「ほらまたため息ぃ!俺は穂高さんにちょっとでも休んで欲しいの!」 「…………ああもう分かった」 分かったから静かにしろと言うとほんと!?と嬉しそうに見上げてくる。ほんとと言えば何したらいい?とキラキラとした目で聞いてくる。 「間1日、どっかで俺が起きてる時間に帰ってこい」 「へ?」 「家事は負担になんてなってねえから」 キョトンと首を傾げる誠に、言いたくなかった本音を言う。 「お前がいないことに苛々してんだよ」

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