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135.
そうしておにーさんと話し合った翌週、先週持ち込まれた仕事は山のようにあるけど新たに持ち込まれるものは少なかった。俺が行う研究は毎週変わらないけど、営業さんに持ち込まれる検査の量でその日の忙しさが全然違う。そう、全然違う。
「伊藤くんっ!」
「嫌です!」
「まだ何も言ってないから!とりあえず聞くだけ聞いて!」
月曜日の夕方、デスクで今日のデータを入力していると営業さんが俺を名指して飛び込んできた。嫌な予感しかしないそれに俺はすぐに嫌だと返事をしてみる。とりあえずその返事をするけど、どうせやることになるのは分かってる。
「実は取引先が試作に興味があるらしくて、説明に行きたいんだけど一緒に来てくれない?」
「いつですか?」
「水曜の昼からの予定。試作担当者の予定を聞いてって話してるから伊藤くんの予定教えてくれる?」
「場所は?」
「ここから車で1時間かからないくらい」
はあ、やだなあ。と言っても行くのは分かりきってるけど。研究と日々持ち込まれる検査で基本的には本社に篭ってる俺にどうしてもの予定はない。
「水曜日で大丈夫です。サンプルやデータはどのくらい必要ですか?」
「色と断面が欲しいって言われてる。データは環境基準と耐性が欲しいかな」
「分かりました。用意しておきます」
ありがとうと言って出て行く営業さんをため息とともに見送る。ああ行きたくない。すでに行きたくない。だけどその分水曜日はほぼ定時上がりが確定したようなもんだ。昼に抜けなきゃいけないし、帰ってくるのはおそらく夕方。下手に手をつければ終わらないからその日は早く帰ってやる!と決意した。
必要なデータを引っ張り出して分かりやすいように纏め、必要なサンプルを用意する。この試作は今では俺1人が管理してるから俺が行くことになるのは当然で仕方がない。
今日もおにーさんが起きているであろう時間に帰れるのに、俺の気分は落ち込んでいる。とぼとぼと家に帰った俺は無言でおにーさんに抱きついた。
「おかえり?」
「ただいま」
「どうした?」
「………水曜日、営業さんのお供に行ってきます」
「出張?」
「ううん。朝は普通に出勤して、昼抜けて夕方帰ってくる予定。穂高さん、俺のスーツどこぉ」
「色は?」
「なんでもいいよ。って言っても3着しかないけど」
「シャツとネクタイは?」
「それもなんでもいい」
はいはいと言って寝室に消えて行く。使用頻度の高くない俺のスーツやシャツの様子を見るためにもう出してくれるらしい。そしてしばらくした頃、おにーさんが信じられないという顔でリビングに戻ってきた。その手に持ってるのは俺のネクタイだ。
「誠、これ何?」
「ネクタイ」
「結べねえの?」
「うん。いつもダンゴムシになるからそのファスナーのが便利」
就活でさえそれで押し切ったし、冠婚葬祭もそれで押し切っている。仕事用に落ち着いた色味1本、冠婚葬祭用の明るい色が1本と真っ黒が1本。それだけあればなんとかなる。毎日スーツなら落ち着いた色を買い足せばいいだけだと思っている。
「ネクタイ貸してやるから結び方くらい覚えろ」
「やだ。別に困らないもん、その便利グッズがあればそれでいいもん」
「明日燃えるゴミだから捨ててやる」
「なんで!?この時期ノータイはダメだから!」
「そういう問題じゃねえよ」
ネクタイくらい結べなくても困りもしない。実際これまで困ったことはない。おにーさんはダメだと言って俺にネクタイを渡してきて結び方を教えてくれる。渋々真似をしてみるけど、おにーさんみたいにまっすぐ締まらない。
しかもしゅって取れず結局ダンゴムシになって自分の首が締まりそう。
「ぐぇえ」
「くっ、ははっ、いいなそれ」
「なに………っ!ちょっと!」
シュッと取れずにダンゴムシになったネクタイを引っ張られておにーさんとの距離が近くなる。
「穂高さん、苦しいっ」
「支配欲が満たされる」
「会話してっ!?」
俺の苦しいに対するレスポンスは!?ねえ!ちょっと!
抗議する俺をさらに引っ張ってそのまま乱暴に唇を重ねられて逃げようがないこの状況にドキドキする。おにーさんの性癖云々以前に、俺もだいぶやばい。
「バカなやつ」
「ひゃっ!もぉ!ばかばかっ!離してっ」
「誠」
「ぅっ、はい」
「これ、いいな」
「…………」
おにーさんの手が確かめるように俺の股間を撫でたけど、そんなの確かめなくてもバレバレだったと思う。
こんな風に引っ張られてることに興奮するなんて認めたくないけど認めるしかなくて、コクリと頷いた。
おにーさんにされたわけじゃない、俺がネクタイをうまく結べないから勝手に輪っかになってるだけだけどそれごとこうして引っ張られるのはイイ。おにーさんにもてあそばれてる感じが、イイ。
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