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137.おにーさんサイド
これは本当に、イイ。
ゾクゾクと這い上がる加虐欲。
そういう欲があることは認めているけれど、好きな相手が嫌なことをしないということくらいは弁えてるつもりだ。多少泣くのはまあいいとして、絶対に無理なことまでするつもりはない。
水曜日、いつもより少し早く起きてきた誠はさっそくネクタイに苦しんでいるらしい。結べないー!と叫ぶ声が何度も聞こえた。
「穂高さん助けてぇ」
「どう……くっ、くくっ」
ちょうど飯も出来たしと手を止めて誠を見ると珍妙なネクタイを首に巻いていた。これでもこいつは真剣だから笑っちゃいけねえと必死に笑いを堪える。そんな俺に笑ってるのはバレバレだよ!っと怒った声が飛んできた。
「悪ぃ悪ぃ。でもどうやったらそうなんだよ?」
「知らないよおっ!」
見るとなぜか細い方が上に出ていたネクタイはとてもじゃないが褒めてやれる出来じゃない。あとで教えてやるから先に食おうとご飯を並べているとぐええっと絞め殺されそうなカエルのような声が聞こえた。出所は誠で、うまく結べない上にうまく解けないらしくまたしても自分で自分の首を絞めている。
「ぼだがざん、ぐるじい」
「意外と不器用だな」
「自覚があるからファスナーの使ってたのに。本当に捨てたの?」
「もちろん。あんなんいらねえよ」
ネクタイを解いてやりながら意外な一面だなと思う。案外なんでも卒なくこなす誠がここまで不器用とは知らなかった。もっと細かい仕事を日々してるだろうに片手間で結べるネクタイを結ぶことにこんなにも苦労のは予想外過ぎた。
飯を食ってからも何度もチャレンジしたもののどうにも微妙な出来で、最後は俺が締めてやった。
「なんか、照れる」
「何がだよ」
「………もっと引っ張って」
「バカ。仕事行ってこい」
「はぁい。今日は早く帰ってこれるからねっ!いってきます!」
「はいはい、気をつけろよ」
スーツにコートを羽織って出て行く誠を見送り、食べた食器の片付けをして自分も着替える。シャツを着てネクタイを巻いて適当に締めたそれはいつもと変わらず普通に結ばれていた。
今日は誠が早く帰って来ることが分かっているからか調子が良かった。というよりくだらないことに腹を立てず我慢できたというべきか。同僚に夏目さん今日機嫌いいななんて言われ、俺も単純だなと苦笑いがこぼれた。
残業もほどほどに会社を出て家に帰る。早く帰るねと言った誠より早く帰ってこれたようで、今日は少し手の込んだものを作ってやろうと台所に立った。
コトコト煮込んでいるときにガチャっと玄関が開く音がして、それに続いてバタバタと走る音が聞こえて扉が可哀想な勢いでリビングの扉が開かれた。
「ただいまあっ!すっごいいい匂い!」
「おかえり。あと10分くらい煮るから手ぇ洗ってスーツ脱いでこい」
「はあい。穂高さん、見ててね?」
「ん?」
焦げ付かないように火を調整して誠に目を向けると、ドヤ顔でネクタイを解いた。
「?」
「どう?すごい?」
「俺が結んだやつだろ」
「そおだけど。そおじゃないのっ!」
「?何がだよ」
訳がわからないでいると、ときめいた?なんてバカなことを真剣に聞いてきたこいつにため息が出た。こいつ、なんでこんなにバカなのに頭いいんだろ。意味分かんねえ。
「俺、穂高さんがスーツ着てるとドキドキする。ネクタイしゅって解くのってなんかエッチい」
「………頭大丈夫か?」
「失礼な!これでも今日予定してたもの以外でも仕事取ってきたもん!」
勉強や仕事ができたとしても、こいつはバカだ。まあそんなバカが可愛く見えて仕方ない俺はもっとバカなんだろうけどそれは言ってやらない。
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