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水曜日に行った取引先との業務の関係で俺の仕事が増えた。それは俺が以前から欲しかった機器がどうしても必要な検査になるから、俺は社長に向けてその機器の必要性を訴えている。具体的にはその機器によりどんなことが出来るか、そしてこれまでの研究やこれからの開発にどう活かせそうか、そしてそれらによりどのくらいの利益を産みそうかを試算している。機器自体は500万もあれば買えるからこういう検査機器にしては安い方で、利益次第では購入もあり得るとあって俺のやる気がみなぎっている。 「伊藤くん、俺はこの研究に使いたいかも」 「私はこの樹脂の研究に使えそうかなぁって思った」 「俺はこっちの劣化条件を調べるのに使えるかも」 技術部のメンバーに欲しい機器を伝え、それぞれの研究だったりこれまでの製品に使えそうかを聞いてみると思っていた以上にたくさん出てきた。いつもの仕事に加えて新しくすることが増えたけど、不思議と疲れは感じなかった。 そうして少し忙しくなりつつも迎えた土曜日、ホワイトデー。当然俺は仕事だった。 「穂高さんお待たせっ!」 「慌てなくて良いのに」 仕事終わりの俺をおにーさんが車で迎えに来てくれるとあって、俺は定時の少し前からそわそわと帰る準備を始めて定時になるなり会社を飛び出した。そうして助手席に乗り込み、どこに行くのかと尋ねる。朝、迎えに行くと言われた時から聞いてるこの質問は着いたら分かると言われるだけで教えてくれなかった。だけど、目的地に着いたら疎い俺にもすぐに分かった。 「………ネクタイ?」 「そう。ホワイトデーだしちゃんとしたの買ってやるから好きなん選べ」 「えええ、こんな高そうなネクタイじゃなくて良いからファスナーの買って」 「甘えんな」 むうっと膨れながらも店にあるネクタイを眺める。 どうやら自分で作ったりもできるらしいけどそこまでこだわったものは要らない。というかたまにしか必要ないしおにーさんのを貸してもらえるだけで十分なんだけどなあと思いながら店内を物色する。 「…………これが良い」 「はっ、お前俺のこと好きだな?」 「…………好きじゃないもん」 「ああ?」 「好きじゃないもん。大好きだもん」 そういうと俺を睨んでいた目は優しく弧を描いて笑った。 俺が手に取ったのは水曜日、おにーさんが貸してくれたネクタイの色違いだ。水曜日はグレーの糸がベースでそこに白と青がミックスされていたものを借りて、今俺が持つのは借りたものよりも薄い色合いのグレーを基調に黒とピンクがミックスされている。ぱっと見は全然違って見えるけど、持っている人が見れば色違いだということは一目瞭然だ。 「仕事使いにはちょっと派手……いや、若いしいいか」 「6つしか変わんないよ」 「結構違うだろ」 「そぉかなあ」 今は私服姿のおにーさんだけど、スーツの時にこのネクタイをしたからってそんな気にならないと思うけどなあ。 「穂高さん」 「なんだ?」 「穂高さんにも一本選んでいい?それは俺が買うから」 「…………」 おにーさんはため息ひとつ付いて良いよと言ってくれた。奇抜な色はやめろよとか、柄がえらいことなってんのも避けろよとか色々と注文がうるさい。そんな変なの選ばないって!と好き勝手見て回る。生地に独特の雰囲気を持つものが多くて、どれを選んでもスーツの色はそんなに選ばないと思う。うーんうーんと悩んだ俺が最後に持ってたのは青色に所々ピンクが入ったシンプルなレジメンタルタイ。 「ピンク好きなの?」 「スモーキーカラーのピンクはすごい好き。やだ?」 「いや、これならピンクって分かんねえしいいよ」 「ならこれにする!って穂高さんネクタイ増えてない?」 「黒は絶対要るだろ。あとこっちは結婚式とか祝い事に」 俺が選んだおにーさんのネクタイと色違いのそれの他にあと2本増えている。そりゃ、黒は絶対必要なのは分かってるし祝い事用の少し派手なネクタイも必要だけど今買わなくても……と言うかもっと量販店とかの安いものでいい。 「スーツはもうちょっと着る機会が増えたら良いのかってやるから、な?」 「違う!スーツが安いのにって悩んでたんじゃなくて安いネクタイでいいって思ってたの!」 「良いもん長く使え」 「えええええ、そう言うなら俺の便利グッズ捨てないでよ」 「あれはいらねえ」 ぶぅっと膨れる俺に、締め方くらい教えてやるよって笑ったその顔はさでぃすてぃっくに歪んでいた。

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