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お鍋をお腹いっぱい食べた俺はでろーんとソファに沈む。お腹いっぱい、幸せとゴロゴロ転がっているとミホちゃんに呼ばれた。 「髪切るからこっちおいで」 「んん、起こして」 腕だけ伸ばしたらミホちゃんはため息をついて俺の腕を引っ張った。ミホちゃんって俺と背はそんなに変わんなくて体型も標準に見えるのに力は強いらしい。思ったよりも強く引かれてびっくりした。 「かっる」 「ミホちゃん、力強いねぇ」 「誠くんが軽すぎ。何キロ?」 「今51くらい?」 「軽っ!」 ミホちゃんは俺でも60はあるよと言って俺を椅子に座らせる。そして、俺をじっと眺めたかと思ったらその視線をおにーさんに移して怖くない?と聞いていた。 「なにが?」 「こんなほっそいの、よくやれるなあ」 「好みの差だろ」 「誠くんもよく兄貴の入るな」 「ふぉおお!露骨!お願い!もう少しソフトな言葉選びをして!!」 俺もよく入るなって思うけどね!不思議と入るんだよ!苦しいけど。そうして苦しいのでさえ気持ちいいなんて思うようになってんだから俺は相当バカなんだけど!! 恥ずかしくて噴き出しそうな俺を面白そうに眺めて、ニンマリと笑う。 「気持ちぃ?」 「っ!!!」 「くっ、真っ赤」 「穂積、あんま揶揄うなよ」 「はいはい。分かってるって」 あまり助ける気がないらしいおにーさんはそれ以上何も言わずに、それどころか俺風呂入ってくるわとリビングを出て行ってしまった。そうして見送るうちに俺の髪が切られる準備が整ってミホちゃんがちょきっとハサミを動かす。 「そおだ、社内試験はどうだった?」 「ちゃんと受かったよ。来月からお客さんの髪を切らせてもらえるんだけど、お陰でカツラ代がやばいことになってる」 「あはは、自腹だもんね」 「そう。しかも切ったらもう伸びない」 「カツラだからね」 そっかあ。受かったんだ。きっとミホちゃんに通ってくれるお客さんは居るだろうなあと想像する。1回切りに行こうかなぁとぼやく俺に来なくていいとバッサリ切り捨てたミホちゃん。そんなあと言うと、見られんの恥ずいわと言われた。 「えええ、見たい!」 「別にいつもと変わんないから。ほら、さっさと前向く」 「ぐえっ!絶対店でならこんなことしないじゃん!」 「うるさい」 「あたっ!」 ハサミが止まったタイミングで振り返ると本当に恥ずかしいのか少し赤い顔したミホちゃん、じっと見てると頭を捕まれて無理やり前を向かされる。お客さんにこんな扱いしてたらクレームだから!と文句たらたらしているとうるさいと頭を小突かれて俺は口を動かすことをやめた。 そういえば、おにーさんは甘え下手が行き過ぎて暴力に出るって言ってたけど、照れ隠しが下手すぎて暴力に出るの間違いじゃないかなあ。 「ミホちゃん」 「ん?」 「阿川くんに八つ当たりできないからって俺にぶつけるのはやめてね。俺阿川くんほど丈夫じゃないよ」 「兄貴のもんに手ぇ出したりしないから」 「ほんと?」 「ほんと」 よかったあとほっと息を吐く俺。それとほぼ同じタイミングで後ろからはため息が聞こえた。なんでため息?と思っているとミホちゃんが静かに話してくれた。 その話を聞くほどに俺はミホちゃんの優しさに泣きそうになったし、何よりもミホちゃんの歪みを感じた。ミホちゃんは性癖が歪んでるんじゃなくて、バランスが取れてない。傷つけたくないという優しい気持ちと、湧き上がる欲望が反対を向いていて、うまく同じ方向を向かないらしい。どっちもを同じ相手に向けるものなのに、違いすぎて悩んでいる。 「ミホちゃんって意外と不器用?」 「うるさい」 「そしてめんどくさい」 「坊主にしてって?」 「ひゃ!ごめんなさい!」 ミホちゃんならやりかねないとすぐに謝った俺。だけど本当にめんどくさい。相手……今では阿川くんだけど、阿川くんが女王様なミホちゃんも優しいミホちゃんも知ってて好きだって言うのになんでそんな悩むの?と聞けばめんどくさいほど優しい言葉が返ってくる。 ………好きかも知んないやつを傷つけたくない 小さな声だったけどちゃんと聞こえた。 ミホちゃんはちゃんと阿川くんの気持ちを見ていて、その上でミホちゃんも同じ気持ちを返そうとしている。なのにめんどくさい! 「めんどくさっ」 「分かってるよ」 あ、分かってるんだ?そうだよね、ミホちゃんも別にバカじゃないもんね。自分が言ってることとしたいことが矛盾……というか逆を向いてるって分かってるんだ。

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