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146.
穏やかな休みを1日過ごして、また今日から仕事が始まる。おにーさんの忙しい3月もようやく折り返しになり、この後の忙しさを考えているのか朝起きた時にはすでに機嫌が悪そうだった。
それをすっかり忘れていた俺は着替えて洗面所に向かい、叫んだ。
「見えるじゃん!!!」
洗面所で顔を洗って歯を磨いて自分を見ると来ている長Tの首元から痣が見えている。言わずもがな、首輪による痣だ。昨日も気づいていたけどまあいっかと思っていたら全然良くない!見えるじゃん!歯を磨き終わって文句をこぼしながらリビングに入る。
「穂高さん!?見えてる!!!」
「タートルでも着ろ、いちいちうるさい」
「ああもう!ひどい!」
「ただの痣だ。擦り剥いたりもしてねえから数日で消える」
むむっ。
そうなのだ。昨日この痣を発見しておにーさんに文句を言うと、擦り剥かないように生地には気を遣ったと言われた。おにーさんは無茶なプレイもちょっとアブノーマルなことも普通にするし、俺の体にキスマークや歯型は残すけど怪我として痕が残るようなことはしない。この首の痣も圧迫による鬱血だから数日で消えると言われた。その時、おにーさんは俺の首をしっかりと見てどこも擦りむいてないかをきちんと確認してくれたのも知っている。
どんなことをして来たとしても俺の負担が減るように、怪我は残さないようにと使うものを選んでることも、それにお金を惜しまないことも知ってる。
だから俺は、むっとしててもそれ以上文句を言えないのだ。
「穂高さんは、甘え方が不器用だね」
「ああ?」
「ほら、俺を構い倒したりするだけならまだしもあんな酷いエッチをしながら甘えてくるんだもん。俺訳わかんなくなっちゃう」
訳わかんなくなるけど、それ以上に可愛く見えるのだ。あんな酷いことしてくる人を可愛いなんておかしいんだけど、ああして不器用に甘えるこの人がすごく可愛いと思うのだ。
「穂高さんのこと好きすぎて死にそう」
「んなくだらねえ理由で死ぬな」
くだらなくないもんねと言って服を着替える。その時おにーさんが俺の首を触って、腫れてもないなとやっぱり心配してくれていた。
そしてその日、俺にとってもおにーさんにとっても信じられない事件が起きた。
いつものように7時過ぎに家を出た俺は夜の9時頃に帰宅した。ここ最近ならこの時間に帰ると疲れ果ててるおにーさんが居るはずなのに、居ないのだ。
そう、おにーさんがまだ帰ってきていないのだ。
スマホを確認してみたけど連絡はなくて、1人そわそわとリビングの中で歩き回る。どうしよう、おにーさん迷子かな。それとも事故?こんな遅くに帰ってきてないなんて!とそわそわ時間を過ごして少しした頃、ガチャっと玄関が開く音がした。
「穂高さんっ!?」
「うわっ」
「えっ!?うぎゃっ!」
「いってぇ」
慌てて玄関を覗き、おにーさんを見つけて飛び付いた。いつもならこのくらい驚いたとしても体勢を崩したりしないのに、今日は俺が飛び付く勢いを殺せずに後ろに倒れ込んだ。驚いてきょとんとおにーさんを見ると、いってぇと言いながら頭を摩っている。
「ったく、誠どこも打ってねえか?」
「うん、俺は平気。穂高さん、ごめんね」
「いいよ」
ポンポンと汚れを払って立ち上がったおにーさんは俺の心配なんかより自分の心配をするべきだ。顔色が、見るからに悪い。機嫌は悪くなさそうだけど、疲れは目に見て取れる。
リビングに着き、おにーさんが持っていたカバンを下ろすとズシンとすごく重そうな音がした。そして、おにーさんがスーツも脱がずにソファに深く沈んではぁとため息をつく。
「3月頭にさ」
「うん?」
「何人かインフルになって」
「うん」
「うち1人が拗らせて肺炎なんだと」
「え?」
「このクソ忙しい時期に入院だあ?ふざけんなって怒鳴りつけたくても本人は病院で点滴に繋がれてるわけだ、俺に降りかかったのはそいつの仕事だよ」
慣れない案件、慣れない書式、担当者不在でやる年度末の仕事はバカみたいに時間がかかって1日48時間は欲しいとおにーさんがらしくないことまで言っていた。
1人だけやたら復帰が遅いとは思っていたらしいけど、まさか入院することになるとは誰も思っていなかったらしくておにーさんの会社はてんてこ舞いらしい。
「せめてお前が帰ってきてて良かった」
小さな声でそう言って俺の腕を引き、自分の上に座らせる。何をするでもなくただぎゅうっと抱き締められて、グリグリと頭を肩を押し付けているおにーさんが可愛い。
もぞもぞ動くと、もうちょいこのまましてろと抱き締める腕の力が強くなって、俺は嬉しくなってぎゅっと背中に腕を回した。
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