149 / 438
149.
そんな新入社員を迎え、おにーさんにもポツポツと話す。
4月になり、おにーさんの会社にも新入社員が入って来たけど教育係には当たらなかったらしく、残務処理でまだ少し残業はあっても、3月ほど立て込まないと言っていた。
「穂高さんに教育係は無理だね」
「ああ?なんでだよ」
「きっと怒ったら口が悪くなる」
「………そんなとこまで察さなくていいんだよ」
「やっぱり当たりだぁ」
おにーさんの口の悪さなんて慣れっこな俺は気にならないけどなあ。やっぱり社会に出るとこれと同じようにはいられないってことかもしれない。きっと仕事モードのおにーさんを見ると俺は誰っ!?ってなる。そのくらいおにーさんはオンオフがはっきりしてると思う。
「でもそいつはちょっとめんどくさいな」
「うん?」
「誠が気にしなくても野田さんが気にしてくれたみたいに気になる人の方が多いんだよ」
「そぉいうもの?」
「そういうもんだよ」
だからお前が気にしなくても問題にはなると思うぞと言う。俺よりも社会に揉まれて生きてきたおにーさんの言葉だから、俺は真面目に聞いた。
友達であれば俺がいいならそれでいいと済む話でも、社会人となるとそうもいかない。俺が別にいいですと言うことで野田さんにとってはどうしようもなくなってしまったかもしれない。俺が言って聞くとも思えないけど、注意はした方がいいのかなと、ほんのちょっと思った。
「つーか院卒がなんだよ」
「うん?」
「大卒でも院卒でも俺より稼ぎ少ないやつなんてごまんと居るぞ」
「穂高さんと比べたらかなりの人が稼ぎ少なくなると思うよ」
詳しい収入なんて聞いたことはないけど、人1人ポンと養って余裕ある暮らしをしている。というか、おにーさん大卒だと思ってたけどそうじゃないのかなと素朴な疑問を聞いてみるとケロっと専門中退だけど?と言われた。
「俺、穂高さんのこと全然知らない」
そのことが少し寂しくて、拗ねたようにいうとおにーさんはお前の知りたい俺って何?と聞かれた。
それは、よくわかんない。
「聞きたいことができたら聞けばいいよ。隠したいことはちょっとしかねえよ」
「ちょっとはあるんじゃん!」
「お前だって隠したいことのひとつやふたつあるだろ」
うーん………あるかもしれない。
思い当たることはないけど、23年の人生、俺の心にしまっておきたい秘密のひとつやふたつあるかもしれない。
「なら出身どこ?」
「俺の実家行ったことあるだろ」
「東京だね。好きな食べ物は?」
「みかん」
「ほほぉ、そういえば冬はよくみかんあったね」
そんなどうでもいい質問を繰り返して、最後にほんのちょっといたずらをする。
「穂高さんの好きな人は?」
俺って言って欲しい。甘ったるく誠って言われたい。
ああ、俺も大概乙女思考だなんて思いながら返事を待つ俺はおにーさんがニンマリ笑ったことに気づかなかった。
「あーあ、こんなに大事にしてやってんのに分かってねえの?」
「ふえっ!?ちょ、待って!ごめんなさい!!」
「焦るくらいなら言うなよ」
「だってぇ」
意地悪な顔で俺に詰め寄ったおにーさんはすぐにふっと笑って俺から離れる。そして、俺が望んだ言葉をちゃんと言ってくれた。
ともだちにシェアしよう!