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昨日おにーさんと話したことを活かして、今日はせめて伊藤くんと呼んでくださいと言ってみようと決意して出勤した。
技術部の部屋は、野田さんの悲鳴と内村さんの嘆きと鈴木さんのブリザードが吹き荒れていて、俺はキョトンと首を傾げた。本音を言うならこんなカオスなところからは逃げ去りたいけど残念。ここが俺の職場だ。
「おはようございます」
そう声を掛けるとそれぞれにおはようと返事をしてくれた。どうやら全員かなにかの結果を持っているけどそれを見てのこの状況なら、俺はその紙を見たくない。
けどそんな訳にもいかず、野田さんにこれ…と渡されたもの。技術部が使う書式の1つによく似た……何か。
「???」
「田中くんがこれでいいでしょって」
「はい?」
「平均値を取る意味も3箇所測定する意味もないって」
「なるほど………その気持ちは分かるんですけどね」
「そう、分かるんだけどね」
うちの製品検査では数値が曖昧で変動するものの場合、3回測定した値の平均値を取り、測定箇所を3箇所で出すのが基本だ。もちろん取引先や営業さんによって多少の違いはあるけれど、まさか1箇所を1回測定してOKというところは今のところない。
ただ、壊さずに検査をしなければならない非破壊検査では曖昧な数値しか出せないものもやっぱりあって、何度検査してもそれが絶対の数字だと言い切れるものは得られない。製品を破壊していいのであれば物理的に正しい値を測定できるけど、作った製品を破壊しては元も子もない。
「強いですね、田中さん」
「伊藤くんみたいに思えたらいいんだけどね。とりあえず昨日田中くんがやったもの、今から全部データ取り直しだから伊藤くんも手伝ってくれる?」
「………はい」
これは、年上の後輩がめんどくさいとかって話ではなく田中さんがめんどくさいタイプの人なのでは?と配属2日目の朝にしてそう思わざるを得ない俺だった。
そんな田中さんは定時前に出勤してきて、俺たちがバタバタした様子なのを気に掛けることなくなにしたらいいですかと野田さんに聞いている。
ちなみに、昨日して貰って今俺たちが測定し直しているものは理系でなくても、化学系でなくても出来るような、ごくごく単純な検査だ。測定機器を測定対象物に押し当ててスタートボタンを押すだけで測定された数値が液晶に表示される。ぶっちゃけ学歴なんて関係なく出来ることで、俺も去年1番最初にこれをやった。1年経った今でも基礎検査の1つだからよくやる検査のひとつで、基本中の基本だ。
去年、野田さんは俺にどうして3回の平均値を取るのか、3箇所を測定することになったのかもきちんと説明してくれたから、田中くんにだって同じように説明をしてくれていると思う。
「ええっと、その前にどうして昨日頼んだものは1回しか測定してなかったの?」
「あんなの基材の場所で変わるんだから切って測ったとしても均一にならないし1箇所で十分かと思います」
ああ、うん。その通りなんだよ。
俺たちにとってどれほど平坦に見えたものでもごく僅かな凹凸はあって、それによって数μ単位で変わる。だけどだからって、それでもそうして測るのがこの会社のルールだ。それが絶対的な数値じゃないことは技術部のメンバーはもちろん、営業さんも知っていて、製造部の人もなんとなく分かっていることだ。
俺は頭を抱えたいと思ったけど、俺の視線の先にはすでに頭を抱えた野田さんが居た。そして、野田さんはその通りだけど会社のルールとしてそういう風に測定するって決まりだからと言うけど、あまり聞く様子は無かった。
それでも少しずつ仕事を教えなきゃいけない立場の野田さんは、もう一度会社のルールであることを話し、ルールに倣って測定をして欲しいとお願いしていた。
そうして午前が始まり、俺は必要な部署に顔を出して製品の製造依頼をしつつお手伝いをする。そのお手伝いは出荷検査の手伝いであったり、検査の効率化の相談だったりと多岐に渡る。そんなことをして技術部に戻ると、事務室に居たのは田中さんだけだった。
まあ、特に話すこともないし俺は俺の仕事をしようと机に座った。
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