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田中さんが入社してきて半月。 俺への当たりの強さも、相変わらず測定を数回行うことの無意味さを説くところも何も変わっていない。頭を悩ませ、胃を痛ませている野田さんは頭痛薬と胃薬を常備している。 技術部には鈴木さんのブリザードが吹き荒れていて、昨年度までの忙しくとも穏やかだった技術部とは正反対な環境になっている。 「ああ、胃がっ」 「内村くんも?胃薬飲む?」 「貰います」 「何かあった?」 そう言えば事務室に田中さんが居ないなと思っていると、内村さんはやることはないかと聞かれて製造の手伝いをしてもらったと言う。うちの部署ではサンプルを自作することもあるし、試作や運用段階の時は技術部が製造を担う場合もある。そのためこれも仕事の一環だと思うんだけど…… 「なんで俺がこんなことをしなくちゃいけないんだと言われてしまって」 「はあ……」 田中さんならそう言いそうだなあと思う。 自分は院でもっと高度な研究をやってきたんだから相応の仕事をしたいと、ある意味意欲はあると思うけど物事には順番がある。部長の野田さんだって必要に応じて製造の仕事もしているし、他のメンバーだって製造の仕事もしている。 俺で言うならいっ時研究よりも作っている時間の方が長かった時期もあったけど、それはそれで楽しかった。 「伊藤くんは不満とかなかった?」 「サビ残の多さには今でも不満たらたらです」 「………きっと今月、同期の中では1番昇給されてるはずだから」 「はっ!そうだ!昇給っ!」 そうだった!もうそんな時期かぁ。 「機器の購入検討依頼出したでしょ?」 「はい、今年度になってから提出しました」 「それも評価されてたよ」 「そうなんですか?」 うんと頷いてくれたけど、俺的にはその評価よりも機器の購入がどうなるかの方に興味がある。野田さんはそれは購入する方向で上が話し合ってるよと答えてくれた。早かったら6月か7月頃じゃないかなと言ってくれて、俺は跳ねるように喜んだ。 やったあ!やりたかった検査もできるし、前に行った取引先の加工にも使えるかもしれない。試作の運用範囲が広がってどんどん製品になる日が近くなってる気がする! 「「はぁ」」 「どうかしましたか?」 「いや、伊藤くん可愛いね」 「はい?」 「野田さんに同意。20代の男の子だけどこうも素直だと可愛げがあってほんと……」 「はい???」 「「はぁ」」 なにが可愛いんだろ。おにーさんが言うそれとは全然違うってことは分かるけど、脈絡のない会話に俺ひとり取り残されていた。 事務室で仕事をしているうちに定時になっていたようで、お疲れ様ですと言う田中さんの声が聞こえた。田中さんは、今の所残業をしていない。それは田中さんがこんな仕事は無意味だと帰るのもあるし、どうせまたやり直さなきゃいけない仕事しかしないのに仕事をされても意味がないと言うのもある。 「伊藤……もいつも残業してどんだけ仕事できないんだよ」 「そもそもここは無駄が多すぎるんだよ」 「それに研究職になんで学部卒混じってんだよ、バカは嫌いなんだよ」 とまあ今では聞き慣れた言葉が聞こえる。 ちなみに言い返したことはない。だって俺はここに仕事をしに来ているのであって喧嘩をしに来たわけじゃない。だけど全員がそう思っているわけではないのだ。 「いっつも文句ばっかりうるさいわね。仕事できないのは伊藤くんじゃなくてあんたでしょ」 「はあっ!?」 「無駄って何?会社の決まりも守れないようなバカが何言ってんの?あ、ごめんね。院卒だもんね頭いいんだよね?学部卒の私や伊藤くんができることもできないようなクズだけど、それが出来なくても頭いいんだもんね、ごめんね?」 「!?」 「去年の伊藤くんはこの時期には基礎検査は網羅してて、最終チェックはさせて貰ってたけどあんたみたいにやることないような暇はさせなかったんだけどなぁ。頭いい人って、バカな私たちには使いにくいの。ごめんね?」 す、鈴木さん? あれ?無表情なのに声は爛々としていて顔と声がマッチしてない。そして言ってることは完全に喧嘩を売っていると思う。鈴木さんは田中さんよりも年が上なためか俺のように何かを言われてたことはなかったと思うんだけどなあ。 「あんな無駄なことして何になるって…」 「あんたの言う無駄って何?もし本当に無駄だと思うんだったら言う相手は私たちじゃなくて取引先なの。そういうこと分かってる?」 「………」 「それも分からず無駄だと言うならあんたが説明しに行って納得してもらいなさいよ」 「っ」 「まあ、私ならいくら年下とは言え社内の先輩を呼び捨てにするようなクズ連れて行かないけどね」 鈴木さんは忙しくてもいつも笑顔で、だけど定時を過ぎて技術部だけになると無表情で黙々と仕事をしていて、怒ると無表情なのに言葉はかなりイキイキしているらしい。 笑顔を貼り付けて怒ってるのも怖いけど、無表情で楽しそうに怒ってるのもまた、怖いなとどうでもいいことを思ったのだった。

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