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鈴木さんはその爛々とした口調のまま更に言い詰めて、きちんと仕事もできない人はさっさと帰ってくれる?と最後は笑顔で締めくくった。その時、俺は密かに決意した。 鈴木さんのことは怒らせまい。 「スッキリしたー」 「………鈴木さんって、お腹の中身は黒いんですね」 「みんなどこか黒いって。伊藤くんはなんで怒らないの?」 「喧嘩しに来たわけじゃないし、学歴でしか自分と他人を測れない人とは相容れれる気がしなくて」 「伊藤くんの方が地味にひどい」 「すみません。でも、あんな風に見えて意外とセンチメンタルかもしれませんよ?」 「それはないでしょ」 なんて鈴木さんと少し話してから、お互い仕事に戻った。 そして翌日、田中さんは欠勤した。 それをミーティングで知った鈴木さんは言い過ぎた!?と俺を見て少し焦っていて面白かった。何かあった?と野田さんに聞かれ、2人であったことを素直に話す。 「はあ………」 「すみません」 「いや、いつかは言わなきゃいけないことなんだけどね……このままじゃ試用期間でごめんってしなきゃいけないだし」 「焚き付ければやるくらいの男気見せて欲しいですけどね」 「鈴木さん」 野田さんに少し注意されて、しまったという顔を浮かべるお茶目な鈴木さんと、昨日の無表情なのに楽しそうな鈴木さんは全然違って見えた。 その週に田中さんが出勤してくることはなく、俺は久しぶりの連休に入った。ゴールデンウイークは混むから、その前に温泉に行こうとおにーさんが計画を立ててくれたのだ。 「忘れもんないか?」 「うん!穂高さんこそちゃんと入れた?」 「………入れた」 「何個?」 「1個でいいだろ」 「念のためもう1個!」 旅行なんて行ったら絶対にエッチなことすると思ってたのに、おにーさんはそんな気がないという。ごねてごねてごねまくって、気が向けばなと返事をしてくれたおにーさんにちゃんとゴムを持ったか聞いておく。 その、ね。レギュラーなサイズで問題ないならその辺のコンビニにでも売ってるけどおにーさんはそれじゃキツイから持参に限る。 渋々取りに行って戻ってきたおにーさんは旅行に行く前なのに疲れが見える。疲れた?と聞けばお前のせいだと言われてしまった。 それでも俺に運転席を譲ることなく車を運転してくれるらしいおにーさん。行き先は俺でも知っている有名な観光地だけど、俺は行ったことがない。 「お刺身いっぱい食べれる?」 「ああ、お前食ったことないって言ってたやつ追加で頼んでおいた」 「アワビの踊り焼き!!!」 「そう」 「わぁい!やったあ!」 「俺は刺身にしたから、半分やるよ」 「いいの!?」 ここにするかとおにーさんが見せてくれた旅館のホームページ。照明が少し暗めの落ち着いた旅館で、料理がとても美味しそうだった。メニュー例で乗ってた懐石料理も、追記プランで食べれるアワビや舟盛りになったお刺身がすごくて俺は食いつくように見ていた。アワビって美味しいの?と素朴な疑問を投げかけると美味いよと言ってくれただけで頼んでくれるとは思わなかった。しかもお刺身と踊り焼き両方楽しめるなんてすごく贅沢だ。 「旅行の大まかな予定は?」 「今日は観光、明日も観光」 「どこを?」 「それはついてからな」 教えてくれたっていーじゃんと拗ねる俺の頭を左の手で軽く撫でて、楽しみにしてろと言う。うう、ずるいかっこいい。おにーさんがこう言うんだから俺が喜びそうなところに連れて行ってくれるんだと思う。 そしてそんな俺の予想は、当然当たった。

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