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そうして田中さんに操作を教えて、そのデータをどんな風に検査に添付するかも教える。画像データを少しいじって、決まったように添付して完成だ。やっぱりこの時代の若者(年上だけど)だからパソコンの操作はお手の物で、少し教えるとすぐに出来そうな感じだった。 「質問いいですか?」 「はい、大丈夫です」 「出張ってどこに行くんですか?」 「○○大学です。その大学で検査機器を借りていて、たまにお邪魔してます」 「さっき聞こえたんですけど、どうして○○大学なら伊藤さんが行くんですか?」 「俺の母校で、向こうでお世話になりたい教授は大学時代の恩師で面識があるんです」 そのあと母校?なんて声が聞こえてきたけど気にせずにデータの処理を続ける。今回のデータは問題なく使えそうだなあとぽちぽちと作業をして、田中さんにこんな感じにできそうですか?と振り返って聞いてみる。 「田中さん?」 「本当に○○大学が母校なんですか?」 「はい、そうです」 「…………嘘だろ」 「?」 ショックを受けた様子に見えるけど、俺何かしたっけ? じっと見ていると俺にピントがあって、もう一度同じことを聞かれて頷いた。 「なんでこんなバカっぽいのに頭いいんだろ」 「へ?」 「あ!すみません、バカっぽいと思ってるけどバカとは言ってません」 「今のははっきり聞こえたから!」 俺、どこがそんなにバカっぽいんだろ。 こう見えて勉強はちゃんとした。国語と社会は壊滅的だけど、理系教科は得意だし、英語はものすごい勉強した。海外の論文を読みたいがためだけに勉強した。 大体の人にバカっぽいと言われるからもう慣れてるけど、納得はしていない。 「頭悪くて地味で冴えないやつって……」 「うん?」 「だから勉強したのに、地味って笑われて……」 「はい?」 「大学デビューです」 「何年前の話ですか」 「それも大失敗に終わって」 「はい」 「未だに彼女が出来たことがありません」 「ふおお!突然のカミングアウト!」 俺より年上、だよね?課程によって違うだろうけど、ストレートなら今年25とか27。 その年まで誰とも付き合ったことなくてもいいんじゃないかなあ。好きな人と好き合って付き合うんだから、同じ気持ちじゃなきゃいけないわけだし1人で成り立つ関係ではないのだ。 「自分に自信もなくて」 「え?」 「ほんと、バカで地味で冴えないって言われ続けたから人を見て話すのも苦手で………」 「入社してきた頃はそう見えませんでしたよ?」 そう言うと気まずそうに俺から目をそらす田中さん。 ああ、そっか。 この人は今猫を借りてきてるんじゃなくて前まで猫を借りてきてたんだ。その猫がかなりあれな猫だったわけだ。すっかり猫が居なくなった田中さんはコンプレックスの塊らしい。 「少なくてもここの部署は、頭が悪い人は居ないし、穏やかな人が多いんでのんびりやればいいと思います」 「鈴木さんは……?」 「怒らせなければお茶目で明るい技術部の花形です」 「………本当に?」 「はい」 「ありがとう、ございます」 うん?何もしてないけどなあ。 というか意外とセンチメンタルどころか普通にセンチメンタルなんじゃん。なんというか、借りてた猫が強烈すぎて俺ちょっと付いていけない。 その日なかなか野田さんが戻ってこなくて、どこまで教えていいのかもわからなかったから俺がしていることを見てもらうことにした。聞かれた質問にはきちんと答えて、出来るだけ丁寧に説明してその日の仕事を終えた。

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