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それからの田中さんは技術部の中で問題を起こすようなことはなく、俺に対しても丁寧に接してくれるようになって、少しずつ任せれる仕事が増えて行った。 そうなってくると絶対にやってくるのが残業なんだけど、田中さんはいつも定時になると帰る用意をしてしまう。 「田中くんが残ってくれたら少しは楽なんだけどなぁ」 「俺は田中さんかっこいいと思いますよ」 「どうして?」 「俺はすぐにサービス残業に飲み込まれたけど、ちゃんと割り切って帰れるってすごいと思います」 まあ、空気は読めてないと思うけど。 そんな言葉を飲み込んだ俺の後ろでバサバサと音がして振り返ると、そこには持ってきたであろう書類を滑らせている田中さんが居た。 固まっているらしい田中さんが書類を拾わないから、俺と鈴木さんがせっせと書類を集める。技術部の事務室ではなく、会社としての事務所から運ばれてきたらしい書類はそれぞれの席に割り振って置くため人毎に分けて集めていく。そんな中に見つけたもの。 『支給明細書』 そう、お給料だ! 俺の分を探してずさっと開けてみる。 野田さんが昇給の可能性をチラつかせていたせいで気になって仕方なかった今月のお給料。 いつもならその封筒には明細書が1枚だけペロンと入ってるだけなのに、今回は書類付きだ。 なになに…と読むと昇給審査が行われて……云々という言葉が並んでいた。そしてその紙の下の方に、昇給額¥30,000-と書かれていてへっ!?と叫ぶ。え、年?月?どっち?と思って基本給を見ると先月より3万円増えている。 しかも昇給額の下に、特別手当¥20,000-と書かれていて何これ!?と紙を捲る。これはどうやら俺の日々の危険度から増やされた手当らしい。X線をよく扱うことから、俺は毎月産業医の先生の面談を受けているし、健康診断も年に2度ある。しかも1回は人間ドックまで受けさせてくれるからとてもありがたい。 感動する俺と違って、この部屋で1人青い顔して支給明細書を見ているのは田中さんだ。その理由は俺も鈴木さんも分かっている。 「………これでひと月生活しろって………え?」 「「最初だけだから」」 「え、いや、無理ですよ」 「「最初だけ」」 誰もが通る道なんだけど、初任給の少なさは酷い。 片付け終わったところでそれぞれが仕事に戻る中、田中さんだけは未だ活動停止しているけど仕方ない。俺も去年の初任給を見た時は同じような反応をしたと思う。どうか耐えて欲しい。 「………あの、伊藤さん」 「はい?」 「さっき俺のことかっこいいって……」 「言いましたよ?俺はすぐに残業に飲み込まれちゃったから、帰るって言えないまま今になってるからすごいと思います」 データの入力をしながら話をしていたから、その時田中さんが俺を見てたことなんて気付かなかった。返事がなくて顔を上げてみると赤い顔した田中さんがいて俺は頭の中にはてなをたくさん浮かべる。 「………はっ!違うから!残業に飲み込まれないのがすごいなと思ってるだけでそういうことじゃないから!」 「俺が酷い態度とっても今は普通に接してくれて、すごく嬉しかったの知ってます?」 「知らない!知りたくもない!同僚だから!それだけ!」 「焦ってるのは、可愛いです」 「いやあああ!!!!」 なんで!? 対人関係を拗らせてきたコンプレックスの塊はこうなるの?え?なんで?意味わかんない! そして嫌! 俺は男に好かれても嬉しくない!この人絶対自分の気持ちもよくわかんないまんま暴走する人だし!むり!嫌! たしかに俺は男のおにーさんと付き合ってるしチューもエッチもするけど、それは相手がおにーさんだからだ。 断じて、断じて誰でもいいわけではない。 「違うから!俺付き合ってる人いるし!無理だから!違うから!」 「……付き合ってる人いるんですか?」 「いる!いる!すごくいる!」 こういうのはややこしくなるんだよ。 それに何をどう突っ走るかわからない対人関係拗らせ系男子ははっきり言っとかなきゃダメって聞いたことがある。今は誰に聞いたか思い出せないけどそれは置いておいて、田中さんは絶対ダメ。めんどくさいやつ。今度はどんな猫借りてくるか分かったもんじゃない。 それにこんなの、もちろん答えるつもりなんて毛頭ないけどおにーさんに知れたらなんて思うとあわわわわって気が気じゃない。おにーさんの独占欲の強さは舐めちゃダメだとこないだの旅行でも分かってる。 「………大丈夫です」 「何が!?」 「俺、初めてにこだわらないタイプです」 「何も大丈夫じゃない!」 ああダメだ、拗らせ系男子は手に負えない。

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