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定時の少し前、別の部署に篭っていた内村さんがようやく帰ってきた。
「伊藤くん、今日はどんな感じ?」
「急ぎはないんで、明日に繰り越しでいいかなって感じです」
「俺、明日から休みになるんだけどこれを引き上げて耐熱にかけてて欲しいんだけど出来そう?」
「大丈夫ですよ。このリスト分を引き上げて、半分耐熱で大丈夫ですか?」
「うん、伊藤くんも忙しいのにごめん」
「平気です!俺も日月って休みだし、ご家族と旅行楽しんできてください」
「ありがとう。お土産買ってくるからね」
内村さんは明日から家族で旅行に行くらしい。
どこに行くかまでは聞いてないけど、こんな時くらいしか大きな休みは取れないし、ぜひ家族孝行をして欲しいと思う。普段は朝も早くて帰りも遅くて、きっと奥さんにすごく負担を掛けているだろうし、お子さんもお父さんと遊びたいだろうし楽しんできて欲しい。
頼まれた仕事くらいならそんなに時間がかかるものでもないし、全然大丈夫。
と言うか明日は田中さんと2人か……。
「伊藤くん、何かあった?」
「あ、いえ大丈夫です」
「困ったことがあったら言ってね」
俺でも野田さんでも良いからと優しく言ってくれる。
まさか田中さんに変に勘違いされて困ってますなんて言えないし、とりあえず今は大丈夫ですと答えておいた。
定時になると連休だ!と嬉々として帰っていく内村さんを見送って、俺も帰るための戸締りや機器の確認を始める。全部を見回して退社チェックを済ませ、帰ろうかと事務室に戻るとそこにはそわそわした田中さんが居る。
せめて友達が多ければこんな風に勘違いしなかったのかなあと思うけど、最初の態度を考えるとアレでは友達もできないだろうなあとは思う。失礼だけど。
「あの、伊藤さんっ!」
「ごめんなさい。夜ご飯作って待っててくれてるから帰ります」
「…………」
誘われる前に先手を打ってみる。
そう、砕けて強くなれ。
「………そう、ですか」
「俺、優しくなんてないですよ」
「?」
「仕事だからって割り切ってるだけで、特別はないです」
「やっぱり強引に行く方がいいんですかね」
なんかおっそろしい言葉が聞こえたぞ?
この拗らせ系男子の強引に行くって強引なんて可愛い言葉で終わらせていいのか謎。半ば拉致にならない?ってくらいこの人は他人との距離感や関係性を保つのが苦手だ。
どうやったらこうも人間関係を拗らせてこの歳になるのか謎だ。小学校、中学校、高校、大学とたくさんの場所で揉まれるだろうにどうしてこうなったんだろう。
頭が悪くて地味で冴えない。
そう言ってたけど頭は勉強すれば良かったわけだ。
地味で冴えないは良くわかんない。俺はその辺にあんまりこだわりがないし、社内で見る姿は白衣を羽織ってるからチラッと見える程度だけど特に気になった覚えはない。
「手法を変えてみます!伊達に勉強してませんから」
「はい?」
「ってことで、ハンバーグ食べたいんでご馳走してください」
だからさ。
どこかおかしいことに気づいて。
誘えたんだね頑張ったねと思ってあげなくもないけどなんで俺がご馳走しなきゃなんないの。田中さんにご馳走するならおにーさんにご馳走したい。そしてさっきも言ったけど…
「ご飯作って待っててくれてるから帰ります」
「明日は?」
「毎日作ってくれるし、毎日食べたいからごめんなさい」
「俺と仲良くする気ありますか?」
「同僚としての距離感を保ってくれるならね」
それが1番大事。
今はそれがちょっと出来てない。
そして俺の偽物の優しさなんかじゃなく、田中さんが拗らせていると知りながらも好きになってくれる人と恋愛をしたら良い。
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