172 / 438
172.
精神的に疲れて家に帰ると、良い匂いに出迎えられてリビングに入るとキッチンに立つおにーさんがいた。
クンクン
「ミートスパゲティ?」
「トマトカレー。まだルウ入れてねえからカレーの匂いはしないだろうな」
うん、いい匂いはするけどカレーの匂いはしない。
もうそのままでも美味しそうな匂いしてるよ。
リビングでごそごそとお弁当を取り出してお礼を言うのも忘れない。
「穂高さん、お弁当ありがとぉ。すっごく美味しかった!タコさんウインナー可愛かった!」
「ははっ、やっぱ誠には子どもが好きそうなもん入れたら間違いねえな」
「甘い卵焼きも美味しかった」
「塩派?」
「ううん、砂糖派だけど母さんが作ってたのより甘い気がした」
もっと言えば母さんが作ったものよりもよっぽど形が綺麗で焦げていない。味は母さんのはガツンと甘くて、穂高さんのは広がるような甘さがあって全然違った。
優しくて懐かしい味がするおにーさんのご飯。俺の胃袋の故郷だ。
「無理して作らなくても大丈夫だよ?」
「俺が休みのときくらいいいよ」
「すでにメロメロの胃袋が溶かされる」
「バカ言ってないで手ぇ洗ってこい」
「はぁい」
大真面目なんだけどなあと思いながら手を洗ってリビングに戻る。さっきまではミートソースのような匂いだったのに今は完全にカレーになったその匂い。
「美味しそお」
「見てねえだろ」
「見てなくてもわかる、これは美味しい」
おにーさんはほんとかよって言うけど本当だ。おにーさんの料理がまずかったことなんて無いし。俺のためにカレーのルウはちゃんと甘口だし、いつもサラダも付いてるし。
食べるには少し早いけど、出来たなら食べても良いじゃんとおにーさんにご飯を催促した。
匂い以上に美味しいカレー食べて、おにーさんに今日なにしてたの?なんて聞いたりしながらゆっくりとした夜を過ごした。
翌日、またお弁当を渡されて気をつけてなと言って見送ってくれるおにーさん。ねだると行ってらっしゃいのちゅーもしてくれて、俺はルンルンと原付に乗って職場に向かった。
1日の段取りを組んで、取り掛かろうとした時におはようございますと声がした。挨拶をして、今日やって貰える仕事を振り分けているとすっとなにかが視界に入った。
なにやら見覚えのある封筒。
全体的に白くて、角にリーフっぽい柄のある封筒。同じ柄の手紙を前に正座させられた俺はよく覚えている。
これは見るべきではないとすっと押し返す。
「せめて見てください!」
「嫌です。俺の休みは全部全部予定満載です」
「そんなはず無いですよね?」
「そんなこともあるんです」
まぁ実際予定なんてほぼない。
どこかに出かけるにしても思い付きだ。
田中さんってどうしてこう少し変わってるんだろうなあ。手紙って形として残るから思い出にはなるけど、ネタとしてからかわれたりもし兼ねないからやめたほうがいいと思う。
「とりあえず、これはお返しします」
「………ガードかたい」
いやいや、ガードとかじゃなくて絶対めんどくさいことになるやつだもん。
「伊藤さんと仲良くしたいんです」
「同僚としてならね」
「はっ!もしかして伊藤さんもぼっちですか?」
「そうぼっちでもないけど、俺は1人でいるのも好きですよ」
小さい頃なんて特にそうだった。
年の離れた末っ子だったからもう構い倒されて俺が泣くまで遊んでくれた兄たち。小さいながらにたまにはほっといて!と思ったことも一度や二度じゃない。俺はそんな兄たちから学んだことは多い。
まだ何か話そうとしていたけど、始業時間になったからと仕事にするように促した。
ともだちにシェアしよう!