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喫茶店から少し離れるとおにーさんは掴んでいた手を離してスピードを落として歩いてくれた。そんなおにーさんの隣に並んで、良かったねと声を掛けると静かに頷いていた。おにーさんなりにミホちゃんを気に掛けていても、してあげれることはほとんどない。そうしてずっと見守ってきたであろうおにーさんの気持ちは計り知れない。
「穂高さんって、良いお兄ちゃんしてるね」
「そうか?」
「うん」
「見守るくらいしか出来ねえからな」
「でもそれって歯がゆい時もあったでしょ。穂高さんもよく頑張ったね」
「ほんと、お前には敵わない」
きょとんと見上げる俺に何も言わずに、どっか行きたいとこある?とこの後のことを聞いてくれる。今日の1番の目的(コーヒー豆)はきちんとゲット出来たし、特にない。強いて言うなら……
「穂高さんのことを甘やかしてあげたい」
「したいことは聞いてねえよ」
「家帰ろ?」
「だな」
この意見は通るらしい。
本当におにーさんの用事と俺がおやつを食べるだけになってしまった。
だけど今はおにーさんに甘えたい。
きっとあのピンクい空気に当てられた。
結局ほとんどを家でのんびり過ごして俺のゴールデンウイークが終わっていった。
そしてゴールデンウイークが明けて、野田さんが田中くんと出張に行って貰ってもいい?と疑問系のお願いをして来て頷くしかない俺ははいと返事をする。
いちいち田中さんのことをおにーさんに話したりはしないけど、これは愚痴った。
「やだやだ。田中さんと2人で出張とかやだぁめんどくさい」
「駄々っ子か」
「職場では駄々こねなかったんだから今だけは許して」
「別に良いけど。出張いつ?」
「来週末くらいかなぁ。日帰りするけど、ちょっと検査項目多いから帰ってくるのは9時くらいになると思う」
「いつも通りだな」
確かに。遅くなるよって言ったつもりだったのにいつもと変わらないのか……。出張の時だけは早く終わる!って思ってたのについに社畜はここまで追いかけてきたか。
「穂高さんお土産いる?」
「いらねえからちゃんと帰ってこいよ」
「うんっ」
そんなの当たり前だ。
ここ以上に帰ってきたい場所はない。
「はぁ、ほんとやだなぁ。なんで俺なの?」
「なんでだろうな」
「穂高さんはダメだよ?俺も嫉妬くらいするからね」
「ははっ、俺は相手にしねえよ」
「………やっぱり声はかかるんだあ」
「仕事モードで優しく穏やかな夏目さんにはな」
「さでぃすてぃっくなことを暴露しちゃえば良いと思う」
「するかよ」
分かってたけどさあ、面白くはない。
そりゃそうなのだ。
多分バツは付いてない今年30歳になる男の人で、さでぃすてぃっくな性癖はあるものの基本的には優しくて家事全般が得意。かっちりお堅い仕事に就いていて、お給料はその年代では圧倒的に稼いでる方な人が婚活市場にポンと置かれたらそりゃあモテないはずがない。
だけどね、だけどその人たちに言いたいことがある。
「なんでもできそうに見えて電気配線めっちゃ弱いんだよ」
「はあ?」
「脚立も乗れないんだよ」
「………」
「澄ました顔で叩き潰してそうなのにゴキ「その名を出すな」
「………すら潰せないし対処できないんだよ」
「さっきからなんなんだよ」
「穂高さんの苦手なことを考えてみた」
「1番苦手なこと言い忘れてねえ?」
え?と考えてみる。
俺的におにーさんが1番苦手なのは黒光りするアレだ。家で出たことは一度しかないけど、虫全般が苦手で特に飛ぶ系が無理。飛んでるのが苦手らしく鳩やカラス、コウモリなんかも嫌がっていた。
電気配線も苦手で、形や色で分かるようになっているはずのテレビとレコーダーの接続でさえイライラしていた。
そして高いところは平気でもハシゴ系は苦手で、脚立には乗らない。背が高いからそう不自由はしないみたいだけど。
「………なんだろ」
「分かんねえ?」
「うん」
「誠が泣くこと」
どきん
と心臓が慌ただしく動き出す。
不意打ちでこれはずるい。
俺は真っ赤になったであろう顔を隠すように小さく丸まってずるいと文句を垂れたのだった。
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