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嫌だ嫌だと思いつつも時間が経つのはあっという間で、気づけば出張だ。昨日の夜も嫌だなぁと言いながら寝て、朝起きてもはぁとため息を吐いた。 仕方ない、拗らせ系男子は話が通じないのだ。 いくら俺が優しくないと、割り切ってるだけだと言っても全然変わらないし、なんなら余計拗らせてる気さえする。 今回、出張のために連絡先を交換せざるを得なくなり俺のスマホの通知が増えたのは言うまでもない。そんな恐ろしいほどではないけど、届くものはどれも詩的な言葉選びで、これに関しては尊敬を覚えるほどだった。 「いってきます」 いつも以上に暗く家を出る俺におにーさんはちゅっと触れるキスをして、気を付けろよと言って見送ってくれた。 少しだけ元気を貰って、頑張ろうと気合を入れて待ち合わせの駅に向かった。 待ち合わせ場所に着くとすぐに田中さんを見つけたけど、意外過ぎる格好に戸惑う。 「おはようございます」 「おはようございます。なんでスーツ着てるんですか?」 「出張なんでスーツかなと」 俺を見て! ジーンズに適当なシャツ着てパーカーだから。普通に大学に紛れ込めそうな格好だ。一応、最初に行くとき教授に確認してみたけど、動きにくい格好で来るくらいなら動きやすさ重視で来いと言われたから速攻でスーツは却下した。 俺は教授と顔見知りというか知れた仲だからそれで良くても、田中さん的にはきちんとした格好をしたわけだ。 こういうところは空気が読めるらしい。 「伊藤さんの出身大学、行ってみたかったんです」 「どうしてですか?」 「化学系にすごく力を入れてる大学で、機器なんて最新型の導入も進んでるんですよね?」 「まあ、そうですね」 「そんなの行きたいに決まってます」 ふぅん、そういうものなの。 あそこで勉強した身としてはあんまり実感はないんだけどな。と言うか機器だって最新型もあるけど昔から使ってる古いものだって普通にあった。 「伊藤さんの地元でもあるんですよね?」 「まあ、そうですね」 「楽しみです」 それは出張がってことで良い? それ以上の意味は要らないからね。 俺の地元って言っても家からは少し離れてるし、俺は実家に寄る予定もない。泊まりになるときは実家にお世話になるけど、日帰りなら帰ってきてることすら伝えていない。 「ところで、これはデートになりますか」 「仕事ですから」 「はあ、伊藤さんの好みでもわかれば良いんですけど」 この人はいまだに俺とデート(?)をしたいなんて言ってくるけどもちろん頷いたことはない。最近の俺はこうした田中さんをかわすことばかり考えていて、田中さんに関して他の技術部、概ね野田さんがまた胃を痛めてることはまだ知らなかった。 田中さんのデートへのお誘いなんかはさっと流して、今日取るデータの説明なんかをする。どういうことを調べてどうして必要なのかなどを話しているうちに電車は進み、何度か乗り換えを挟みながらようやく大学に着いた。 「まず学生課で来客の紙書くんでこっちです」 「………ひっろ」 「迷子にならないでくださいね」 「気をつけます」 どうやら野田さんはここで迷子になるらしいから、本当に気をつけてほしい。生物学棟はかなり遠い。 「すみません、渡瀬教授と約束をしているZコー「誠?」 「へ?」 学生課の人に前もって約束していたことを伝えていたはずが聞き慣れた声で名前を呼ばれてよくよく顔を見る。 前に会った頃よりも髪が短くなっているけど、俺が見間違えるはずがない。 「彩綾、なにしてるの?」 「私大学に就職したって言わなかった?」 「聞いてない」 「教授のところだよね、すぐ手続きするから待ってて」 マジで聞いてない。 でも言われてみると実験に追われる中で彩綾はよく大学のアルバイトしてたっけ。 「お昼時間が合えば一緒に食べない?」 「いいよ、いつもの食堂?」 「うん」 昼に入ったらメッセージ入れると言い残して、田中さんに声を掛けて校内を歩き始めた。

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