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学生課の建物から離れ、学生がいる中を歩いて化学棟に向かう。 「伊藤さん」 「なんですか?」 「さっきの女性は……」 「俺の元カノです」 「………めっちゃ美人じゃないですか」 「そうですね」 彩綾を見た人の感想はまずはそれ。 『美人』 それでいて人当たりも良く、自分ときちんと向き合って付き合う人に対しての情はかなり深い。その分自分を大切にしない人には冷たいけど、そんなの誰だってそうだと思うからそれを責めるつもりはない。 「なんで別れたんですか?」 「それ、いう必要ありますか?」 後ろ暗いことは一切してないけど、そこまで踏み込まれたくはない。そうしてツーンとしたまま化学棟に入り、慣れた研究をノックして開ける。 「教授ー!おはようございます!」 「相変わらず騒がしいな。ん、ああ、そっち?もう1人連れてくるって言ってた人」 「はい、そうです。それより教授、今日お菓子少なくないですか?」 「なにしてきてるんだ?」 そんな教授の問いには答えずウォーターサーバーから水を貰って今日食べるお菓子をじっくりと選んでいると教授から呼ばれる。 「伊藤、悪いけどガスがリキッドどっちか変えてくれないか」 「はい?」 「どっちも切れたって2年に言われてな。今変えれるのは俺とお前だ」 「はあい」 早速雑用を頼まれて……俺本当になにしてきてるんだろ。ここにサンプル待ってきて測定をしに来たはずなのに全く関係ない機器のお世話をするなんて。 そうは言っても適当にされて壊されるには高すぎるからと大人しくリキッド変えてきますと席を離れた。 必要なことを終えて戻ると教授の後ろをチョロチョロ付いて回る田中さんが居て俺は首を傾げる。いつの間に打ち解けたんだろう? 「伊藤、これ何」 「うちの新卒です。来たいって自己志願です」 「距離感おかしいだろ」 「人間関係が苦手なんです」 「それにしても近い」 教授がすることを見逃さないぞと言わんばかりにガン見してる田中さんにドン引きの教授。 いや、うんまあ教授はそんなに気にする人でもないし良いか。 「うっとおしい!離れろ!適度な距離感を持て!そして先ずは自己紹介しろ」 「はっ!すみません!田中歩27歳、誕生日は9月9日、血液型はAB型です。ええっと、好きなタイプは伊藤さんで苦手なタイプは鈴木さんです」 名前だけで良いと思う。それ以外の情報は必要ない。 というか名前だけで聞いたら教授は田中なと確認してすぐ作業に取り掛かっていたからそれ以降は多分そんな真面目に聞いてない。 「好きなタイプの伊藤ってお前のことか?」 「そうなんですよ、残念ながら懐かれてまして」 「研究室に持ち込むなよ」 「俺じゃなくてあっちに言って貰っていいですか?」 「どうも俺の勘が話しても意味がないと言っている」 うん正解。 そんな会話をしながら、俺は田中さんに説明をしつつ測定を始めたのだった。 測定の合間に田中さんは教授に会えた喜びだったり、比較的最新の機器が多い研究室に目を輝かせていた。そんな姿を見ると、やっぱりこの人も研究畑の人間なんだなと改めて感じたのだった。

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