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教授に頼まれた雑用のせいで少し12時を過ぎた頃にお昼休憩に入った。スマホを確認すると数分前に彩綾が今から休憩、食堂に居るねと連絡が入っていたから俺もそこに向かう。
「あのっ、伊藤さんご一緒しても」
「ダメ。今日は本当に無理。同じ食堂に行くのは何も言わないけど、絶対離れて座ってください」
まさか彩綾に引っ叩かれることはもうないだろうけど、彩綾が何を話したいのかも分かんない。スッキリした顔をしていたからきっと軽い雑談なんだろうけど、田中さんにプライベートにまで入って来られるのは嫌だった。
彩綾が座っている周りは知らない学生ばかりが座っていて田中さんが座れそうになくて少しホッとした。
「彩綾もう買った?」
「まだ」
「サラダ丼?」
「うん」
「買ってくるからそのまま待っててもらって良い?」
「良いよ」
相変わらず同じメニューが好きらしい彩綾は今日もそれで良いらしく、俺はそれを確認して食券を買う。
後ろについて来ていた田中さんがオススメはなんですかと聞いて来たから、俺は唐揚げと答えた。唐揚げ定食もかなり好きだけど、毎日食べるとなるとやっぱり日替わりA定食。
だけど今日だけなら唐揚げ定食。そう言ってるのに俺はやっぱりA定食を頼み、2人分のメニューを乗せて彩綾の前に座った。
「はああ、疲れた」
「誠のその………そういう人はあの人ではないよね?」
「違うよ」
「あの人、誠のこと好きなの?」
「好きっていうか、人間関係拗らせてる系男子だから俺が仕事だからで終わらせてることを優しさと思っててさあ」
「気をつけてね」
「へ?なにに?」
「めんどくさそうな人だから」
本当にその通りなんだけど、彩綾にそんなの言われると怖いんだけど。
と言うか心配されるとは思わなかった。ほんと、俺が好きだった子は優しい。
そんな話をしながらご飯を食べて、落ち着いたところで彩綾があのね……と言いづらそうに俺を見る。
「なに言っても怒んないよ」
俺が出来るだけ静かにそう伝えると、彩綾は辺りを見回して最後に俺を見て、ゆっくり口を開いた。
「誠を引っ叩いて、泣いてスッキリした後にさ」
「うん」
「牧くんに告白されてね」
「牧くん?牧くんってあの牧くん?」
「そう」
ふおおおお!そんなの聞いたことないよ!?
っていうかいつから?え?いつから???
「いつからって思うよね」
「うん」
「私が2年の夏だって」
「長っ!ほんとに?」
「ほんとに」
「牧くん、すごいなぁ」
それはなにに?と睨んでくる彩綾に違う違うと弁明する。
「俺、牧くんに嫉妬心をぶつけられたことも逆上されたこともないよ。牧くんと彩綾が仲いいのは知ってたけど、友達の距離感にしか見えなかった」
「私も」
俺にも彩綾にもそう見えてたわけか。ああでも、牧くんそう言えば彼女とかいなかったような気もする。というか何でこんな話を俺に?
「返事はいらないって言葉に今は甘えてて」
「うん」
「けど、牧くん6月の研修終わったら東京に行くことになってて………」
そう言って落ち込んだ様子の彩綾。思い出すのは俺が東京に行ってからの不安でどうしようもなくて辛かった日々だと思う。
彩綾が牧くんの気持ちを知ってから、2人がどんな風に過ごしたかを知らないけど彩綾は牧くんの気持ちに応えても良いかもしれないと思ったわけだ。だけどそこに来てまさかの転勤。
俺が東京に行ってダメになった俺たちの関係と重ねてしまうんだろう。
「牧くんなら、大丈夫じゃないかなあ」
「どうして?」
「俺は知らないから」
「?」
「去年、俺が東京に行ってからどれだけ彩綾が辛くて、泣いて、傷ついてたか俺は知らない。けど牧くんはそんな時だって彩綾のこと見てたんだと思う。それならきっと、大丈夫だよ」
俺が知らない彩綾を知ってる。
ずっと友達としての距離を保って、傷つく彩綾を見ていたわけだ。そんな時に漬け込んだりせず、彩綾がきちんと俺を終わらせるまで待っていたような牧くんなら俺みたいに彩綾を傷つけたりはしないと思う。
「そっか……。牧くん、東京に行ったら誠に会いたいって言ってたよ」
「牧くんまで俺のこと引っ叩く気!?」
「ご飯食べに行きたいって。ほら、前に誠帰ってきた時誘われても頑なに帰るって行って帰っちゃったし」
そう言えばそうだった。
と言ってもあの頃は牧くんも彩綾も卒論発表が近くてゆっくりご飯って気分でもなかったと思うけどなぁ。
「ん?牧くんってあがり症みたいだけど、告白は大丈夫だったの?」
ふと思い出したのは卒論発表に対して胃が痛いとか、就活は胃が雑巾絞りされたとか言ってた牧くん。そんな彼の告白はどうなるんだろう。丸々2年自分の中に隠し続けた気持ちを伝える時は平気だったんだろうか。
「ふふっ、今までされた告白の中で1番情けなかったよ」
「へえ。でも彩綾の心には届いたわけだ」
その言葉に頷く彩綾は、優しく笑うだけでそんな牧くんを責めるつもりは全くないらしい。
俺の元カノは、俺が信頼を置く後輩に持っていかれることになりそうだ。
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