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そうした話を聞いて、頼まれたものを抱えて技術部に戻りながら思い返してみる。去年のこの時期、俺は営業さんについて取引先メーカーとの話を聞かせて貰ったこともあったけど田中さんにそれはない。 俺はおつかいを頼まれてそのまま放り出されていた気がするけど、田中さんは基本的に技術部の事務室か実験室に居る。放り出されていないのだ。 それはきっと今日聞いた話も関係している。 「ただいま戻りました」 「ごめんね、出来てた?」 「はい、扇風機の修理をしている間に出来上がりました」 「扇風機?」 「頼まれちゃって」 「直せるの?器用だね」 そう言うほど難しくもないからなぁ。 断線くらいならお手のもんだ。 そんな野田さんははあと大きなため息をついてじっと俺とサンプルを見比べる。 「これ、無茶な納期でお願いしたんだ」 「依頼書見てびっくりしました」 「伊藤くんは、各部署で製造の手伝いも普通にしてくるもんね」 「手が空いてる時なら。やっぱり現場を見ることで製造工程の改善にも繋がると思ってますし、どうしても急ぎな時にごめんなさいって言いやすいですし……」 俺たちは製造工程の管理も仕事のひとつだから、そうしたところを直で見るのも勉強になる。 そして急ぎだけどどうしても手が空かない時、ごめんなさいお願いしますと頭を下げやすい。 1年働いて、俺自ら作ったことももちろんあるけどお願いしたことも多い。当然多少無茶な納期をお願いしたこともあるけど、そんな時には出来るだけ頑張るけど間に合わなかったらごめんなと言って苦笑いしつつも受け取ってくれた。 「本当にそうなんだよ。俺は製造にいたこともあるから余計……普段から偉そうに押し付けてくる人のものより、お願いしてくる人の方が気持ちがいいんだよ」 「みんな人ですからね」 「そうそう。今は多部署からのクレームで………胃がね」 ああ、やっぱり今も胃薬飲んでるんだ。 やっぱり技術部の部長と言うこともあって、部下の問題も野田さんのところにやってくる。技術部内で収まってた頃よりも、きっと今の方が野田さんにとってはしんどいと思う。 「伊藤くんはどこに送り込んでも本当、なんだかんだ持って帰ってきたからなあ」 「俺は楽しかったですよ」 いろんな部署で勉強できたし、いろんなことを教えてもらった。確かに技術部と製造部じゃ技術部の方が立場が上という扱いになってるけど、何も作れないペーペーの俺が威張ったところで何の意味もない。作れたとしても、威張ってばかりの人よりも関わりやすい人でいたい。 「………伊藤くんと一緒に放り込むとかどうかな」 それは、まあなんとも。 技術部全体として、色々と身を削る選択肢であることを分かってないはずがない。俺が田中さんと共にどこかに行くと言うことはその間俺がしている仕事を他のメンバーで割り振ることになる。 そうなると残業が増えること間違いなしだ。 「部長会議でそういう話になったら頼んでも良い?」 「はい、大丈夫です」 「そうなっても仕事は増えるんだけどね」 ああ胃が痛いと聞こえて申し訳ない気持ちになる。 このままでも胃は痛いし、俺が抜けても胃が痛い。 俺はまだまだペーペーだけど、それでもこんなのは嫌だなあと感じた。 それから数日が経ち、会議の後ぐったりして帰って来た野田さんは伊藤くんよろしくねと言ったから、俺はまた放り出されることが決定した。 去年は教えてもらって、追いつくことに必死だった。 今年はもう少し落ち着いた視点で、改善できそうなところを提案できたら……あるいは新たな学びを得れると良いなと思う。

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