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拗らせ系男子との他部署巡りは前途多難だった。 彼は以前から職場に居た人だけでなく、きっと同期の中でも浮いている。OJTで来ているであろう同期の子の名前すら覚えていないらしい。 そうは言っても…… 「はじめまして、技術部の伊藤です。すみません、会ってない新入社員の名前は覚えてないです」 「あ!いえ!こちらこそすみません!技術部は部長の野田さんしか顔と名前が一致してなくて……」 「引きこもりがちですみません」 俺も覚えていない。 技術部はOJTで回らない部署だから、なかなか新入社員の名前が一致しない。去年は同期全員はその日に覚えたし、多部署に放り出されるたびに必死に顔と名前を覚えていった。 「今OJTでこちらで勉強させてもらってる原田と言います。よろしくお願いします」 「こちらこそよろしくお願いします。女性もここに来るんですね」 「はい……同期の男の子たちは製造に居たらしいんですけど、私は事務室での検査要員みたいです」 うん、それがいいよ。 俺は全然製造の現場にも入るけど、女の子にとっては過酷すぎる状況だと思う。大型と言っても、製品によってはこの事務室で加工するのに向いている小さいものがある。 そういったものの方が検査基準が高かったりするから、検査要員も欠かせない。 「原田さんが今やってるそれ、何か気になることある?」 「?」 「………そのやり方、去年俺が考えてからやって貰ってるんだ。だから、やりにくさとかあるならもう少し考えたいなと思って」 「強いて言えば、一瞬でズボッと外せると嬉しいです」 あ、それは無理なやつ。 もちろん俺だってそれは考えた。 ひとつひとつ抜いていくよりも一気に抜けたら楽だし手間が少ないとそう言うやり方も何パターンか考慮したけど、だいたいそこにある爪の数本から加工が禿げて製品そのものがおじゃんになった。 あ、いや。けど約1年前の俺が出来なかったことを今できるか挑戦するのも悪くないかも知れない。スケジュール次第、と言うところか。 そんな話をしていると大型の部長さんがやって来て、ごめんもうちょっと待って!と言って現場に戻っていった。俺は取り立て屋か。 「ここに伊藤さんが2人いるとややこしいです」 「そうだねえ、ここの部長さんも伊藤さんだもんね」 そっか、去年まで俺は伊藤くんとしか呼ばれなかったから気にならなかったけど、今年からは違うのか。 「まあ、名前は置いておいて。田中さん、行きますよ」 「はい」 あれ、そう言えばこの人同期の子と話してた? いやいや、ちょっと待って今のなに!? 気になって振り返った俺が見たものは、威圧するように自分より背が低い原田さんを見下ろしてフンとしてる田中さん。原田さんは視線をふと下にそらして、居心地悪そうにしていた。 え、なに今の。 「田中さん」 「はい」 「同期と上手くやれてますか」 「上手くやる必要ありますか?」 おうのう……… そもそもこの人は上手くやるつもりすら無いのか。 技術部は忙し過ぎて同期で飲みに行こうってなっても1人だけはみごにされるけど、それでも何かで集まるとやっぱり同期って特別だと思う。 だって、俺には同期ってあの時の7人しかいないわけだ。 仕事の愚痴も気兼ねなく話せる貴重なメンバーで、飲み会に参加は出来なくても会った時はつい集まってしまいがちだ。 「確か高卒とかですよ?」 「だから?」 「?そんな人と話しが合うわけ無いし」 未だに学歴コンプレックスを抱いてるらしい。 俺的には院卒なのにコミュ力ゼロの人より、高卒でもコミュ力に長けている人の方が出世すると思う。 そんなことをぼんやり考えていると田中さんが製造さんに噛み付いている声が聞こえて、はぁとため息が出てくる。 「納期過ぎてますよね」 そんな声が聞こえて、俺が止めに入るよりも先に製造さんの理性が焼け切れたらしい。 「ならてめえで作れよ」 「技術部ですよ、どうして作らなきゃいけないんですか」 「はあ?作り方も知らねえやつが何言ってんだよ」 「知る必要ありますか」 「はあ?」 「あああ!ストップ!ストップ!すみません!ごめんなさい!喧嘩は無しでお願いします!」 「伊藤くん?」 「伊藤さん?」 えらい注目を浴びてる気もするけど間に入ってやめさせる。俺はここに喧嘩をしに来たわけじゃ無い。 田中さんから依頼書を奪ってそれを眺める。 野田さんがどんな案件を抱えているのか分からないけど、何やら面倒なことがあるんだろうなと思う。 もしかしたらその製品で不具合が出ているのかも知れない。前と同じものを依頼していて、今回も納期はパツパツだ。

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