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186.
そうして田中さんと他部署巡りを初めて数日。
去年は疑問に感じず、ただ吸収することに必死だったものをゆっくりと見ることが出来て、俺にとってもいい勉強になっている。
その分、俺は定時後にしか俺への検査依頼を捌けないため仕事量は落ち着いているはずなのに家に帰るのは日を跨ぐ直前の生活が続いていた。
そしてようやく土曜日がやって来て、俺はいつもより早い時間(と言っても7時過ぎ)に家に帰ってこれた。
同じ家に住んでるはずなのに、おにーさんと夜に顔を合わせるのは久しぶりだった。
「ただいまあ」
「おかえり」
ああこれだ、帰って来たあって感じがする。
いつも眠る時、ベッドに眠るおにーさんにピタリとくっ付いて寝てるけどやっぱり起きてる方がいい。こうして話をして、ぎゅって抱き締めたら抱き締め返してもらえる方がいい。
「俺、田中さんといろんな部署回ってるんだぁ」
「誠も?」
「うん。田中さん1人じゃ製造さんと喧嘩して来るから」
「何で喧嘩するんだよ」
「納期も守れないのかーとか、俺は技術部なんだぞー偉いんだぞーって感じで、まあ相手からしたらいい気分じゃないのは間違いないよ」
「そいつ大丈夫か?」
全然大丈夫じゃないからふるふると首を振る。
俺も最初から技術部に入ったけど、あんな風に出来なかった。というか今でもあんな風にはしてない、と思う。
「俺が大泣きして帰って来たの覚えてる?」
「どれだよ、何回もあるんだけど」
あれ?そんなに泣きながら帰って来たことあったっけ?
「ああ。けど仕事に殺されるとかそんなことも言わずただわんわん泣いてたことが1回だけあったな」
「多分それかなぁ」
疲れがたまってたとか、そんな言い訳はしない。
俺の不注意で、製造さんが作り終わって検査していたものを壊した。どっからどう見てもやり直しで、それは俺ができるような技術レベルじゃなかった。仮に俺が出来たところで、納期に間に合わないのは間違いなかった。
そんな俺の不注意はもちろん怒られた。
けど、怒る人以上に助けてくれる人が多かった。
俺と製造部と営業部の間に入って密な連絡をしてくれた事務員さん。ちなみに取引先への形式的なお詫びも事務員さんに任せっぱなしだった。
普段なら滅多にしないはずの残業をしてでも急ピッチで、でも丁寧な仕事をやり直してくれた製造さん。
そして、取引先からの矢面に立ってすみませんと一緒に頭を下げてくれた営業さん。
「あの時、いろんな人が責める前に助けてくれたんだぁ。一応立場として俺の方が上なはずなのに、俺は助けて貰ってばっかだった」
俺1人じゃ、初めてやらかした大きなミスにテンパって、きっと必要な連絡もすっぽ抜けてた。
あんなに早く納品することも出来なかった。
そして、きっとやらかした俺以上に取引先に責められた営業さん。俺にそんなことを一切言わない姿は大人だった。
「そんなことあったんだ?」
「うん。けど、泣きながら帰って来ても穂高さんはただぎゅってして、頭を撫でてくれて、すごく安心した」
このポンコツ!って言われた方が楽だった。
お前にさせる仕事なんかない!って言われた方が簡単だった。
だけどそんなことはせず、俺が取れない責任を取ってくれた人がたくさんいて、そんな人たちは焦らずゆっくり頑張ってと言うだけで仕事を取り上げたりはしなかった。
「営業さんに、今はまだ庇ってやれるけど数年もしたら庇ってあげられないから今の間に成長しろよって言われた」
「誠の会社って聞くほどにブラックなのに聞くほどにいい人居るよな」
「ブラックなのはうちだけだよ」
「………」
「俺、本当に周りに恵まれてる」
「誠の人徳だろ」
「ん?」
「同じことをその田中さん?がしたとして、同じようにフォローしてくれるかは微妙だろ」
「そう、かな?」
「少なくても俺はそうだけどな。誠は言い訳せずに謝るだろうけど、言い訳ばっか並べて上から目線でやり直せなんて言われても納得できねえよ」
そういうものなのかなあ。
俺は誰かの責任を負うような立場には居ないから分からないけど、おにーさんはそんな風に言う。きっとそうして責任を取ったことも、あるんだと思う。
その時に理不尽な思いもしたのかも知れない。
やっぱり俺より社会に揉まれてる人は偉大だなあ。
「確かに仕事って上司とか部下とか、明確な線引きはあると思うんだ」
「うん」
「だけど、だからって見下して良いわけじゃないと思う。俺が取れない責任を一緒に背負ってくれる。そんな人達に偉そうにする意味がわかんない」
田中さんと部署を回るほどに感じるソレ。
なんで俺が製造に?って気持ちを隠さない田中さんに俺はどうしようもない気持ちを募らせている。
そうして愚痴をこぼす俺にその通りだとも違うんじゃねえのとも言わず、ただの頭を撫でるおにーさんがなにを考えているのかはよく分からなかった。
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