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「俺がメソメソしてたら話聞いてくれますか」 「嫌です」 「ええっ!?」 そんな驚くことはない。 そんな暇があるなら家に帰っておにーさんに抱きついて過ごしたい。そうは言っても話し出されると付き合ってしまうのが俺だけど。 「田中さんはちょっと空気が読めないけど、悪い人ではないと思います。学歴とか立場とかそんなの気にするからうまくいかないんだと思いますよ」 「だってそう言うのってみんな見るでしょ」 「田中さんがどんな環境を過ごしたのかは分かりませんけど、少なくてもこの会社でそんなの気にしてばっかなのは田中さんだけですよ。話の一環として出身の話は出るかも知れないけど、それで上下付しようとしてる人は居ないはずです」 少なくても、田中さん以外は。 仕事だからっていうことは大きいと思うけど、田中さんが態度を改めたなら製造さんだって態度を変えると思う。現に勉強会をするようになってから田中さんは製造さんに噛み付かないし、そうなると製造さんは戸惑いながらもきちんと教えてもくれる。 まずは同期と、もう少し穏やかな付き合いをしていけばいいと思う。 「伊藤さんの好みって、どんな人ですか?」 「そんなの当てにならないですよ?俺の元カノを思い出して考えて貰えればいいですけど、俺は可愛くって胸がふっくらして柔らかくてあったかそうな子が好きです。性格は穏やかでまるい子が良いですね」 「…………?」 え?と言った感じで宙を見て思い出すようにしている田中さん。そりゃそうだ。 彩綾は可愛い系じゃなくて綺麗系、胸はぺちゃんこでもないけどふっくらというわけではない。スレンダーな感じで、胸がたわわなんてことはない。性格は優しいのは優しいんだけど、穏やかと言うよりはキツめ。あんまりの怒りに俺を引っ叩くほどには過激だ。 「元カノに吐かれた暴言は人生で1番刺さったし、俺をビンタしたのはあの子くらいです」 「………穏やかで、まるい???」 「全然ですよ。理想とは違ったことも多かったけど、楽しかったです。それでもちゃんと好きでした」 「今の人は?」 「あはは、もっとかけ離れてそう」 そもそも男で、顔つきだって男らしくて胸なんてぺちゃんことかそういう話じゃなくて、ない。性格は穏やかだけど歪んでるし。 だけどそれでも好き。 好きって理屈じゃなくて感じるものだ。頭で考えたい理系人間からしたら理解しがたい感情ではあるけど、それに振り回されるのだって悪くない。 「それでも好きなんですよね?」 「もちろんです。頭で考えた理想以上に楽しい毎日ですよ」 「………よく分かりません」 「ですよね。恋愛って理屈じゃないんで俺にもよく分かりません。分かってるのは、それでも好きってことくらいです」 何にしたって人は欲張りなのだ。 俺の理想を全て叶えてくれる人はきっといない。そして、俺は誰かの理想通りになれることもない。 そんなの求め続けたってきっと叶わないから、足りなくても欠けていても良い。それでもこの人がいいと思った自分を信じたい。 「ビビッとくるものですか」 「来ないものです。いうでしょ、ふぉーるいんらぶ。恋は落ちるものです。ビビッとくる前に気付いたら落ちてます」 そんでもって落ちたらなかなか出られない。 相手によってはさらに深く落とそうとしてくるんだから、そうなったら自力での脱出は困難だ。 「落ちる………」 きっとこういう言い回しは閃けば田中さんの方が上手いんだろうけど(何せとても詩的な文を書くのが得意だから)、残念ながら俺にはこれが限界だ。 だけど本当に無理して恋なんてしなくていい。 無理して頑張って頑張って作った自分を好きになってもらっても、きっとそばにいるほど苦しくなる。 それなら完璧じゃない恋愛をしたらいい。そばにいるほど優しくなれて、愛おしくなれる人と、少し成長していけるような恋愛をしていけばいい。 そんな話をしてから、送っていただきありがとうございましたという言葉と、これまでありがとうございました、落ちる恋を探してみますと素直に頭を下げた田中さんにお疲れ様でしたと言って遅くなったけど自分の家へ帰るためタクシーに乗り込むのだった。

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