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遅くなったけどようやく家に帰ってこれた俺はただいま!と元気に玄関を開ける。まだ10時過ぎだからおにーさんは絶対に起きているはず。今週は今日のために午前様続きで夜はおにーさんに会えなかったら久しぶりに会えるとルンルン気分でリビングに続く扉を開けた。 「ただいまあっ!」 と見えた後ろ姿にぎゅうっと抱きつく。 うん?あれ?なんかいつもよりほっそりしてる。 目を開けてみると俺が抱きしめてる何かの前に呆れた様子で俺を見てるおにーさん。どうやら俺が抱きついてるのはおにーさんでは無いらしい。 「うん?誰?」 「俺だよ」 「穂積」 「ミホちゃんは穂高さんに比べてほっそりしてるねえ」 「手が変態くさい!つーかアルコール臭い!」 わさわさと確かめるように動かす手を掴まれ、うざいと振りほどかれてそのままおにーさんの方に押されて正しいところに抱きつく。うん、やっぱりこれこれ。 穂高さんの方が少し体温が高くて、体つきがかなりしっかりしてて俺に馴染む。うん、やっぱりここだとすりすりと甘える。 「ほんとに酒臭いな。飲んだ?」 「ううん、俺は飲んでないよ」 「いい子」 撫でてくれるおにーさんに体を預けつつ視線だけをミホちゃんに向けるとさっきも見たような気がする呆れた顔で俺を見ている。ああ、そうだ。おにーさんの呆れた顔によく似てる。この2人はほんと、話したり表情が変わるとそっくり。黙ってると雰囲気違うのになぁと思いつつ、どうしたの?とミホちゃんに尋ねる。 そしてミホちゃんは言いづらそうに口を開く。 「阿川、どうしてた?」 「ふふっ、そんなに心配なら会えばいいのに」 「うるさい」 今日が新歓で飲み会だから当然俺と阿川くんは一緒に居た。これは完全に散髪はついでだなあと思う。ミホちゃんは空気が読めないわけじゃないけど、なんとも不器用だ。 「少しは飲んでたと思うけど、帰りもしっかりしてたからなんも心配ないよ」 「そっか」 「本人に言えばいいのに」 「言えるかよ」 「こうしてコソコソ俺に聞かなくてもいーじゃん」 「うるさい」 ミホちゃんと阿川くんは何だかんだ上手くやってそうで良かった。ミホちゃんは未だに自分の独占欲と傷つけたくない気持ちとか色んなもので不器用なところもあるけど、まあ阿川くんはいい意味で気づかない。 相性がいいんだなあとほっこりした気持ちになる。 「ミホちゃんは今そうして笑うためにいっぱい寄り道したんだね」 「………」 「ミホちゃんもいい子」 そう言って自分とそんなに背の変わらない、自分より1つ年上なはずのミホちゃんの頭をよしよしと撫でる。頑張りましたという気持ちをたくさん込めて、ゆっくり優しく撫でる。 いつもおにーさんが撫でてくれるその心地を思い出しながら、ミホちゃんにそれをして見る。意外にも抵抗はされず、それどころか顔を隠すように俺に抱きついてきて俺もぎゅうっとミホちゃんを抱き締める。 「なんつーか、複雑」 そんな感想を漏らしてるのはおにーさんで、だけど引き剥がすようなことはしなかった。 しばらくしてようやく俺の髪を切るかってなった頃、ボンッ!って小さな音が聞こえて辺りを見回すとミホちゃんがポケットからスマホを取り出している。ミホちゃんの通知音はまさかの爆発音らしい。 「ごめん誠くん」 「ふえ?なぁに?」 そう言ったミホちゃんがちらっとスマホを見せてきて、俺はふふっと笑っていいよと言う。ミホちゃんはごめんまた来ると言って帰ってしまった。 ミホちゃんの仕事がどんな風になってて何時頃に帰宅してるのか分からないけど、いつもならこの時間は家にいるんだろうなあ。 ミホちゃんに会いたくて来たんだけどまだ帰れそうにない? 飲み会で変なことしてないかと心配になって俺に聞きに来たミホちゃん。そんなことしなくても、自分の家で待ってたら阿川くんの方から来てくれたわけだ。家を飛び出て行ったミホちゃんは嬉しさを隠しきれてなくて、俺はそんな背中を見送ってやっぱり笑うのだった。

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