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その日はやって来た社長が朝のミーティングを行い、それぞれに少しずつ仕事を振り分ける。 俺には新しい機器でやる研究の用意を頼まれた。俺が測定したかった分だけでなく、社長の興味本位で足されたものもあらけどそんなに手間じゃ無いので分かりましたと気持ちよく返事をした。 そして、田中さんにもひとつ研究を割り振っていた。 内村さんがやる予定だったもので、難しい機器を使うわけでも、設定が面倒な条件でも無いけどなによりもサンプル数が莫大なもの。 どうやっても製造さんと密に関わることになるその研究をさせる過程で、製造の技術を少しでも学んで欲しいと田中さんに伝えていた。 そうして田中さんの奮闘も始まり、ようやく俺も自分の仕事に戻れた。 当然そうなってからの方が俺は忙しくて、だけどやりたかった検査ができるとあって楽しみの方が大きい。同じように午前帰りが続いてもやりがいのあることをやっての午前様と新歓のために嫌々というのでは全然違って楽しい日々だった。 「伊藤くん、サンプル出来たよ」 「ありがとうございます!急に言ってすみません」 「時間もあったし気にしなくていいよ。それより田中くんは大丈夫か?」 「何かありました?」 「やる気が空回ってる感じがしてな」 ほほぉ。 この人が見てるってことは今は中型に居るのかな。中型は指で持てるサイズから両手で抱えるサイズくらいまでを扱っていて、製品の種類で言えば1番多くを扱っている。 中型の部署で使ってないのは精密用のものと試作くらいで、それ以外ならほぼ全てを扱っているからサンプル作りには持ってこいだ。 一応一通り作り方の流れと、サンプルの場合どのくらい時間がかかるかは説明しているけど、聞くのとやるのは大きく違う。 「具体的にどんな感じですか」 「サンプルに下処理したいだけなのに吹っ飛ばしまくってエラいことになってたな」 「…………」 「去年の伊藤くんは穴空けてたからいい勝負か」 「難しいんですよ、下処理。田中さんはあれでいて俺より体力も腕力もなさそうなんで、風圧に負けてると思います」 穴を空けた、そんなこともあったなぁと思い出す。サンプルだし別にいいよと言われたから、練習がてらにやってみたら風圧と粒子サイズがキツすぎて穴を空けた。それもやってみたからこそ風圧や粒子を素材によって変える理由を実体験として学んだ。 サンプルに穴を空けるくらいなら製造さんも技術部のメンバーも怒ったりはせず、原因を教えた上でやり方のコツなんかも教えてくれた。 「伊藤くんが見かけによらず体力ありすぎなんだよ」 「基本的に元気なんで」 「まあ悪いんだけど田中くんのことたまにで良いから見てやって。俺が話かけてもガチガチに固まって聞いてんのか聞いてないのかわかんなくてさ」 「すみません、コミュ障なんです」 なんで俺が謝らなきゃいけないのか全然分かんないけど、一応これでも俺が先輩な訳だから謝っておく。田中さんが酷く人間関係を拗らせていることは本社の人ならほぼみんな知っていると思う。仕事だしと割り切っている人も居れば、甘えるなと怒ってる人も居て、俺はどっちの味方もしない。どっちとも関わって揉まれるべきだと思っているから、俺はただ生暖かい目で見守ることにしている。 多少やつれてるなと感じたとしてもそれは仕方ない。入社2ヶ月にしてやっと(?)技術部の残業地獄に陥っている田中さんは見るからにやつれた。 「伊藤くんは痩せてったのに田中くんは食うタイプだな」 「みたいですね。不健康なもの食べてますよ、きっと」 これまで定時上がりが出来ていたのは自分が抱える研究が無かったからだろう。これからは自分がやっていく研究に加えて日々営業さんから持ち込まれる検査依頼をこなさなければならない。と言ってもややこしい機器を使うものはこれまでのメンバーで綺麗に振り分けられているから、田中さんにそこまでややこしい検査依頼はまだ行かないはず。 それでもこれまでと違うからか、残業をするようになって2週間も経たないのに田中さんの顔色は少し悪いし、肌に艶が無いし、これまでよりも明らかにふくよかな感じになった。 「また話は聞いてみます。教えてくれてありがとうございます」 「いいえ。無理するなよ」 はぁいと返事をして、俺も仕事に戻る。 と言っても新しい機器は基本的には入れっぱなしで、さっき入れたばっかりだから少し時間があるから少し田中さんの様子でも見に行こうと席を立ち上がった。

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