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203.
珍しく少しだけ早く帰れた金曜日(夜の8時過ぎに退勤できた!)。
9時よりも早く帰って来た俺におにーさんが少しびっくりするあたり、俺がこの時間に帰ってくるのは珍しいことなんだと改めて感じた。
「ただいまぁ」
「おかえり。早かったな」
「うんっ!明日も仕事だけど……」
「………」
しょんぼりとそう告げると黙って頭を撫でてくれる。その手は頑張れと言っているようにも、慰めてくれているようにも感じる。
「うわ、お前今日何したの?」
「へ?あ、今日はちょっと粉塵の中で作業を……」
「風呂入ってこい」
「………はぁい」
ちゃんと払って帰って来てるんだけどなぁと自分の頭を触ってみたけど、全然払えてなかった。ざらざらする、いつもの触り心地と全然違って、うんこれはダメ。
お風呂場で頭からシャワーを掛けるととても透明とは言い切れない濁った水が滴っていて、自分がいかに汚れていたのかを目の当たりにした。そうしてわしゃわしゃとグレーの泡で頭を洗っていると、扉の外からおにーさんの声がした。
「誠」
「はぁい」
「お前早く帰って来たし、後でちょっと話ある」
「やだ!」
やだじゃねえよと言い残して脱衣室から出て行くおにーさん。きっと俺の着替えを置いてくれたんだろうけど、着替えなんかより話ってなんだろう。
おにーさんがあんな風に改まって話すようなことって……なんだろう?
話が気になりつつも聞きたくないような気がする。
うんうんとお風呂場で考えていても意味がないから、サクッと聞いて嫌なことだったら嫌がろう。おにーさんは何事にも同意を取るタイプだから、俺がダメと言えば待ってはくれる、はずだ。
ほかほかと暖まってリビングに戻るとご飯が並べられていて、迷いなくダイニングの椅子に座っていただきますと手を合わせる。
頭濡れてんじゃんと言われたけど、この時期だし風邪は引かない。
「話なんだけどさ」
「やだよ!」
「やだじゃねえよ」
「やだ!絶対俺にとっていい話じゃないもん」
「俺にとってもいい話じゃねえよ」
「へ?」
げんなりといった様子で息を吐くおにーさんもすごく嫌そうな顔をしている。あれ、俺をいたぶりたいとかそういう話じゃなかったの?
「6月末から1週間くらい出張」
「むりだよぉお!」
「飯の心配なら作り置「ご飯の心配じゃないもん!」
俺の温もりは?
俺の癒しは?
たとえどれだけ遅くに帰って来ても、おにーさんが寝てたとしても付けててくれるリビングの明かりがどれほど嬉しいか。
いつも片側を空けて寝てくれているあったかい体にどれほど安心するか。
そんなのが全部なくなるなんて無理!
「むりだよぉ」
ぐずぐずと泣くけど、止めたって意味がないのも分かってる。出張は仕方ない、働いている以上仕方のないことだ。
俺だって出張はあるし………けど泊まりなんて!
「なんで泊まりなの……」
「ついでに研修も受けることになったから。月曜に出て金曜には戻って来るから、な?」
な?と優しく声をかけられても俺は首を横に振るだけだ。
それでも4日はひとりの夜を過ごさなきゃいけない。
そんなの無理。
「どこ行くの?」
「愛知県」
「………どこ?」
「日本地図も弱い?」
「うん」
俺に分かるように名古屋は分かるか?と聞かれても分からない。残念ながら今の俺の頭は愛知県がどこかということよりもおにーさんがいない4日間をいかに過ごすかしか考えられない。
「いい子にしてたら帰ってくる?」
「当たり前だろ」
「絶対?」
「絶対。ここ俺んちだぞ」
「…………やだぁあ、むり」
「そこは頑張るって言うところじゃね?」
「頑張れないことを頑張るなんて嘘つかないもん」
だって絶対頑張れない。泣きながら暮らす自信しかない。
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