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206.
技術部は悲しいかな、土曜日の今日も全員出勤だ。
それ以外の部署でも数人は出勤してるみたいだけど、うちほどの出勤率ではないだろう。
「はあ、連休が欲しい」
「俺もです」
「私も」
「俺も」
「俺も」
ぼそっと呟いた言葉に賛同しかされなくてはあと深いため息を吐く。深いため息がいくつも重なり、それぞれが用事のある場所に消えて行く。
今日の目標は定時で帰ることにして今日の仕事に取りかかり始めた。
X線室に篭り作業をしつつ、時折新しい機器の様子を見に行ったりとそれなりにすることがある。
そうして、てこてこ社内を移動していると伊藤くーん!助けてー!と言う声がどこかから聞こえる。きょろきょろ探すとそれはすぐに見つかった。
沢山の製品を乗せた台車が倒れそうになっていて、必死に支える阿川くんがどうにも出来ずにいたらしい。
「俺こっち持つね」
「頼む」
「せーの!」
よっこらせと落ちかけた製品を乗せ直し、ほっとする。加工前だけど、何にせよ壊したら加工したしてないなんて話じゃなく弁償ものだ。
「気をつけてね」
「この辺あんま通らないんだよ」
「そうだね、大型の人は通らないかも。何でここにいたの?」
「これ厚くしたいらしくて中型から大型に来るって言うのに来ないから取りに来た」
「なるほど」
また落ちかけてもあれだし、大型のところまで付き添うよと言って歩き始める。基本的には整理整頓された社内ではあるけど、それでも例外はある。ところどころ配線が這わされて段差があるからそこに引っかかるとさっきみたいなことになる。
「伊藤くんありがとう」
「いいよ、X線室戻るついでだし」
「それでも助かっ………」
「?」
「伊藤くん」
「なぁに?」
「ミホちゃんのおにーさんも女王様なの?」
「ブホッ!」
ゴホッゴホッと咽せる俺が見えてないのか、阿川くんは首痛そうと言ってくる。もう遅いと分かってても首を押さえて見なかったことにしてと言ったのに、どうなんだ?とぐいぐい来る。
「女王様じゃないよ。暴君」
「大差ある?」
「あんましない」
けどおにーさんに女王様ってなんかおかしくて訂正にならない訂正を入れた。どっちがマシとも、どっちが良いとも言えない。
「いいなぁ」
「ミホちゃんとエッチしないの?」
「………するんだけどさ、ミホちゃんがなんかこう、全力じゃないと言うか」
「物足りないわけだ」
「そういうわけだ」
ミホちゃんの心の問題は深いと思う。
好きだった人と付き合えるなんて踊りたいくらい嬉しかっただろうに、相手を傷つけたくなくて抑え込んだ気持ちごと踏みにじられて、キレて好き放題したら未練持たれるなんてたまったもんじゃない。
我慢してたのは何だったのか、傷つけたくない気持ちが何だったのか、よく分かんなくなりそう。
「ミホちゃん、ほんと優しいよなぁ」
「うん?」
「今はその、付き合ってるからさ?だからあんま痛いことしたくないのかなーなんて」
照れてポリポリと頬を掻いてるけど、見当違いもいいところだ。付き合ってるから痛いことしたくないんじゃない。付き合ってるからこそそういうこと思いっきりしたいと思う。阿川くんの場合ミホちゃんが女王様なのも知ってるわけだし、そういうのしたって問題もない。
けど、それがうまく出来ないのがミホちゃん。
優しくしたい気持ちといたぶりたい気持ちのバランスが上手く取れず、またしても優しさが勝っているわけだ。
「阿川くんってほんと幸せだね」
「そりゃあ好きな子と付き合えたら幸せだろ」
「ああ、うん、そうだね」
ほんといい意味で鈍い。
ミホちゃんが抱える葛藤もほわーんと乙女思考で乗り越え、よく分かってないままミホちゃんのことを受け入れている。
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