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209.
大丈夫なように見えて少し方向性を間違えた心配を繰り返すおにーさんとしばらく過ごす内におにーさんの出張がやって来た。
おにーさんが俺に何度も言い聞かせる事は、痩せるな、寝ずに食べろ、怪我をするなってこと。
相変わらず7時過ぎには家を出る俺に向かって最後の確認というように耳にタコがろ来るほど言われたことをまた言われる。聞きすぎて耳が痛い。
「俺のことは大丈夫だからちゃんと仕事と研修してきてっ!」
「お前やっぱ来ない?」
「俺にも仕事があるのっ!」
「やっぱ辞めさせるべきか………」
ああもう話にならない!
何でおにーさんが出張に行くからって俺が仕事辞めることになるの。出張の話を聞いてから10日ほど、おにーさんはずっとこんな調子だ。
俺が無職だったら本気で連れて行きかねないと思う。
「俺行ってくる!穂高さんも俺の心配じゃなくてちゃんと仕事してねっ」
「………気を付けろよ。あと、怪我すんなよ」
「はぁい」
最後まで相変わらずなおにーさんに見送られて家を出た俺は、今日から4日ほど一人暮らし気分だ。
と言っても今日も今日とて残業だから、俺はきっとそんなに家に居ない。うん、大丈夫、4日くらい何とかなると自分に言い聞かせてみたけどそんなわけは無かった。
家に帰っても当然真っ暗で、おかえりと言ってくれる人は居ない。寝室を覗いてもそこで寝ているわけでもない。
そんな家に帰るのは無性に寂しくて、俺は残業に打ち込んだ。家にあんまり居たくなくて、おにーさんが帰ってくる金曜日に早く帰るため、そして土曜日に休むためにもせっせと残業に励むことにした。
「伊藤くん、何かあった?」
「?特に何もないですよ」
「仕事振り分け過ぎた?」
「違います。金曜日はどうしても6時頃には帰りたくて、その上土曜日も休みたいんでその分………」
「そっか、無理はしないでね」
休むためには残業が必須。
しかも今はこうして残業でもしてた方が寂しい家に居なくて済むし、おにーさんが帰ってきたらゆっくり出来るしで今の間に残業しておこうという計算。
おにーさんが居ない家は、ただシャワーを浴びて寝るだけの場所でしかない。俺はあの家がすごく好きだけど、おにーさんが居ない家に帰る度、おにーさんが居てはじめて心地の良い場所なんだと何度も実感している。
「もぉ無理、禁断症状でる」
「何のです?」
「ふえ?あ、田中さんお疲れ様です」
「お疲れ様です。伊藤さんって何かの依存症ですか?」
「はい?」
「禁断症状って。タバコ……はやってないですよね。お酒とか?」
タバコは吸わないし、お酒も滅多に飲まない(大好きだけど)。
そもそもそのお酒だって依存症になる程飲んでもいない。けど似たようなものだ。
おにーさん依存症。
完全に居ないとダメ。他に飼い主探すなよなんて言われたけどそんな気持ちにはちっともならない。何ならいる場所は知ってるんだからどうやってそこまで行こうなんて非現実的なことを考えたこともある。
俺はおにーさんが居なくなっても他に飼い主を探すんじゃなくて飼い主をひたすら追いかけるタイプなようだ。
変わりで誤魔化したりなんて全くできそうになかった。
「はぁあ、犬になりたい」
「伊藤さん、今日は早く帰ったらどうですか?」
頭やばいですよなんてことまで添えて早く帰ることを勧められる。けどもちろんそんなのしない。
「家に帰るくらいなら残業したい」
「……彼女さんと喧嘩したんですか?」
「喧嘩したなら仕事を山のように押し付けることになったとしても家に帰りますよ」
「喧嘩したら顔合わしたくないとかなりませんか?」
「思いますね。けど、それはしません」
それは絶対にしちゃダメだ。
特に、おにーさんが喧嘩をしながらでも俺と話をしようとしてくれてるのに仕事だと会社に引きこもるなんて絶対にしちゃいけない。
喧嘩したらお互いに居心地は悪い。それでも話そうとしてくれる相手を蔑ろになんて、俺はもう2度としない。
田中さんにまで心配されながら何とか日々を過ごす。
一人暮らしをしていた時以上に過酷に感じた日々を癒してくれるのはやっぱりおにーさんだった。
毎日欠かさず夜にはメッセージをくれた。ちゃんと食べろ早く寝ろよと言う内容は全然甘ったるくないんだけど、おにーさんがそうした心配をしてくれているのがくすぐったかった。
おにーさん不足の禁断症状に苦しみながら、ようやくおにーさんが帰ってくる金曜日を迎えた。
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