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210.おにーさんサイド

出張が楽な企業もあれば、そうじゃない企業もあるだろう。今回の俺はメンツに恵まれない。 やたら酒飲みの同僚に、今年入社してきてまだ研修扱いの2人を含んだ4人での出張はめんどくさい。 毎晩のように飲みに繰り出す同僚に、断れない新人2人。俺だけ抜けるなんてこともできずに毎晩の飲み歩きに付き合わされる。 そうして酒の席に居ても誠がちゃんと食ってるのか、寝てるのかばかり気になって酒も料理もあんまり美味しいとは感じなかった。 「夏目さん、東京に戻ったら2人でご飯とかどうですか?」 何より面倒だったのがこの新人の女だ。 うちの会社はほぼ全員が同じ資格を有している。 ほぼ、と言うのは資格を取るために実務経験が必要でその期間はもちろん無資格だ。 一次試験に合格して実務を積む奴もいれば、そうじゃない奴もいる。 そして、この面倒な女は一次試験に合格をしていない実務経験中の見習いみたいなものだ。 見た目は清潔感があるけど、その目はまるで捕食者だ。いい獲物を探して狩りをするようなそんな顔。 そんな顔して見るのは俺と同じ年頃で、未婚の男ばかりだ。今回一緒に来ているもう1人の同僚も独身だけどそっちじゃなくて俺に来るのは酒飲みじゃないからだろう。 いくら稼ぎが良くてもああして散財するやつを選ばないのはさすが、それなりに頭がいいと言うことか。 「すみません。帰ってからは今回の出張のまとめや研修のレポートを書きたいので」 「そうですか。お休みの日は何をしてるんですか?」 切り上げたいのが伝わんねえのかと内心イライラしても顔には出さない。相手が誠なら間違いなく舌打ちしてるだろうけどそんなこともしない。 「そうですね、大体はテレビを見てゆっくり過ごしてますよ」 ついてるテレビは誠のゲーム画面だけどな。 困った顔して答える俺に気付かないのか、気付いていてもそれは気にしないのかその後もどうでも良いような、だけど確実に詮索する質問が続いた。 やり方的に何人にもおんなじような事してんだろうなと思う。残念ながら俺は何人にも尻尾振るような奴は嫌。 んな仕事上の顔なんて当てになんねえよと内心で毒を吐く。 「夏目はやめた方がいいよ〜」 「ええっ、そんなんじゃないですよおっ」 そう言ってるけど見え見えだ。 わざわざ話題にあげるような暇人はうちの会社にはいないが、相手にしている暇人もいない。 「優しくて仕事も真面目だけど、多分誰も好きになれない奴なんだよ」 そんなやりとりを見ていた同僚が口を挟む。 この同僚は同期というわけではないが、俺と歳が同じなせいかこうして軽い話し方をする。相手がどうであれ、仕事中の俺の対応は変わらない。 「そんなこともないですよ」 「ええ〜、だって夏目って彼女いるかって聞いてもいつも居ないって言うじゃん?かと言って片思い?そんなん適当に名刺渡していいとこ連れてったら気は引けるくない?」 「そんな付き合いばっかりしてるから梶さんは彼女にすぐ振られるんですよ」 まあ間違ってないとは思うけど。 俺らがやってる仕事は堅いものだし、将来も安定してるし人によっては独立する。独立すれば年収は跳ね上がるし、一生会社に入っていたとしても並のサラリーマンよりはよっぽど稼げる。 結婚を考えるようになった男女が出会ったのなら、この仕事も年収も十分な魅力の1つだろう。 ただ、それをどう使うかは人次第だ。 俺はある意味盛大に無駄遣いをしてるのかもしれない。 働いてはいるけどぐうたら者を1人、さらにダメにして閉じ込めようとしてんだから。 「俺にも大事な人くらい居るんですけどね」 「えっ!?夏目に?」 嘘だろ!?いつから!?と今度は同僚の詮索が止まらない。 仕事上の俺しか知らないこの女もそれに興味津々と一緒になって聞いてくる。 どっちにしても静かな帰路にはならず、俺は心の中でさらに深いため息と毒を吐いていた。

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