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211.
ようやくおにーさんが帰ってくる金曜日。
俺にしては信じられない6時なんて言う時間にタイムカードを押してぴゅーんと原付を飛ばして家に帰ってきた。
研修後に新幹線と言ってたからおにーさんが帰宅してないのも知ってるけど、こんな時くらい俺がおかえりって言ってあげたい。
そんな気持ちがあるし、今日帰ってくると知ってるからか昨日まではとんでもなく憂鬱に感じた家がキラキラと輝いていた。
おにーさんが帰ってくるまでどうしよう?と手持ち無沙汰になってスマホを開くと今新幹線乗ったと律儀にメッセージをくれていて、今更ながら返事を打つ。
「今帰ってきた」
『どこに?』
「家だよ」
『もういんの?』
「うん」
それだけやりとりをすると返事が返ってこなくなって、俺はスマホを放り投げてお風呂に入ることにした。
ここ数日シャワーで済ませてたし今日もシャワーの予定だけど、お風呂掃除をしておにーさんのためにお湯を溜めといてあげよう。おにーさんはきっと疲れてるからお風呂入りたいはずだし。
シャワーを浴びた後、1年は住んでるのにほとんどしたことのないお風呂掃除をして、しっかりと栓をしてからお湯を溜めるボタンを押した。少しずつお湯が溜まってくるのを確認してから蓋をしてリビングに出る。
まだ、おにーさんは帰ってこない。
そうしてしばらく過ごしてお風呂が沸きましたと言う機械的な声と重なるようにガチャっと鍵が開く音がして俺はソファから立ち上がって一目散に玄関に走り出した。
「おかえりなさいっ!」
「うわっ、ちょ、待てっ、荷物あんだよっ」
「ん?あれ?」
クンクン
クンクン
何度嗅いで見てもこれはいつものおにーさんの匂いじゃない。出先でシャンプーが違うから、とかじゃなくて甘ったるい匂いがする。
「犬か」
「穂高さん、香水くさい」
「ん?ああ。まあ仕方ねえよ」
「そんなぁぁあ!」
「うるせえ。とりあえず中入れろ」
「あ、ごめんなさい」
意図なく通せんぼしていたようで、ちょっと離れておにーさんの後ろをついて歩く。たまに漂うその匂いは、好きになれない。
むすっとしたままリビングに着いた俺はその顔のままおにーさんをじっと見上げる。
「はいはい、わかってるよ」
「………」
「なんも拾ってねえし、拾うつもりもねえよ?」
「………」
「それどころか誠がいいなって思ったくらい」
「………」
「拗ねた顔より笑った顔見たいんだけど?」
むっとしたまま見るだけの俺に、疲れてるはずなのに優しい顔して言い募るおにーさん。
仕方ないと言ったくらいなんだから、香水の匂いが移ってても仕方ないという状況にいた自覚はあると言うことだ。
「由々しき事態だ」
「放っておいても問題にならねえよ」
「?」
「由々しい。放っておくと問題になりそうで見過ごせない時に使う言葉だ」
「ほほぉ、ひとつ勉強した。ってそんな話してるんじゃないよっ!」
「くくっ、やっぱお前は良いな。頭はいいのにどっかバカで素直、ほんと好き」
「ッ!!!」
だからあっ!
俺が甘ったるいおにーさんに弱いってことくらい知ってるでしょ!ぷしゅぅと音を立ててさっきまでのぷんぷんとした何かが抜けていく。
くっそぉお。
多分赤い顔をしたまま、悔しさに任せてソファでバンバン暴れているとおにーさんが詰めてと俺の足を押しやる。
のそのそと向きを変え、いつものようにおにーさんの膝を借りる。
俺が借りている膝も、俺を撫でる手もいつもと同じあたたかさなのに匂いが違う。それだけでこんなにも気持ちがざわつくなんて初めて知った。
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