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それからも彩綾が東京に来て行きたかった店巡りをしているうちにあっという間に時間が過ぎた。 「今度は誠の好きな喫茶店に行こうね」 「また俺も誘ってくれるの?」 「たまにのたまにね。誠ってこっちで友達作ってなさそうだからたまには遊んであげる。ね、慎吾くん」 「はい、伊藤先輩なら良いですよ」 「ふふっ、ありがとぉ」 なんだか上から言われてるけどその通りだ。 こっちに来てからの俺の交友関係は狭い。 ぶっちゃけおにーさんとミホちゃん、穂波ちゃんを除いて考えるとプライベートな付き合いをしてる人は阿川くんくらいしか居ない。その阿川くんでさえミホちゃんのことがあるからなんだから、俺の東京での交友関係は夏目家中心と言っても過言ではない。 彩綾を見送ってから、ついでだしと牧くんも家まで送る。 俺の家とは電車を1回乗り換えるけど、30分もあればいけるような距離だった。車だともう少し早く着くと思うけど、それは道路の状況次第というところか。 「先輩ありがとうございました」 「いいえ」 「あと、ご馳走様でした」 「いいえ、俺こそお腹いっぱい甘いもの食べれて幸せだったぁ」 「先輩っていつもあんなことしてたんですか?」 「ううん。彩綾って基本的に割り勘主義だから、端数とか多めに持つくらいしかさせてくれなかったよ」 「ですよね……」 ちょっと落ち込んだ様子の牧くん。 彩綾が気兼ねなくご馳走されてくれた時って彩綾の誕生日とかクリスマスくらい。俺が働くようになってから彩綾とご飯を食べる機会があれば全部俺が出してるけど、それは彩綾が気づく前に俺がさっさとお会計をしちゃってるからというもの大きい。 「別に今は割り勘でもいいと思うよ?」 「俺も社会人ですよ」 「それでも牧くんは一人暮らしもしてるでしょ。彩綾はそういうのもちゃんと分かってるから、牧くんの負担が増えてあんまり会えなくなるより、半分こでたくさん会える方が嬉しいんじゃないかな」 「なんか先輩って彩綾のことお見通しですね」 「今はね」 今はそんな彩綾の気持ちも分かるんだけどな。 彩綾が今そんな気持ちを1番分かって欲しい相手は牧くんだ。牧くんは察しが悪いわけでも考えられないわけでもなく今はそれ以上に大きな問題(彩綾をどこに泊まらせるか)を抱えているから仕方ない。と言うか牧くんちに泊まればホテル代も要らないんだけど、その辺は2人がのんびり考えていけばいい。 「何かあったら相談くらいいつでも聞くよ」 「………先輩、片付けって得意ですか」 「へ?」 「彩綾を部屋に泊めない理由……もうひとつあるんです」 そう言った牧くんは車をパーキングに止めさせて俺を引っ張るように歩いて自分の部屋に連れて行く。 ごく普通のアパートの扉を開けたその先は、樹海だった。 「俺、入る部屋間違えた?」 「合ってます。助けて貰えませんか」 「牧くんって片付け苦手なの?」 「苦手というか出来ないです。得手不得手の話じゃないです」 ああ、うん確かに。これは得意不得意で片付けるにはちょっと無理がある。 いつもおにーさんによって綺麗に片付けられた家に住んでるからかここが家と言うにはちょっと。 歩くスペースはあるし、かろうじて寝るスペースもあるけど片付けは全然終わってない。 聞いた話じゃ7月に入ってすぐ越してきたらしいからもうひと月近く経ってるはずなんだけどな。俺が会社から与えられた部屋よりも広いはずなのにその部屋はとても狭い。引っ越してきたままの段ボールが転がっていて、必要に応じて荷物を探した形跡があるもののそれが余計部屋を散らかしている。 「助けて貰えませんか」 「これじゃ彩綾も泊めれないね」 「そうなんです。生活動線だけは確保してるんですけど、人を呼べる部屋じゃなくて」 「俺は?」 「先輩は別です」 「いいよ、何したらいい?」 「何からしたらいいですか?」 そこから!? 夕方には家に帰れる予定がこれは無理だ、完全に日が暮れると諦めておにーさんに遅くなることとご飯は要らないとメッセージを入れる。 そうして俺は牧くんの部屋の片付けに手をつけ始めた。

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