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237.
俺を起こすアラームを止めて、目を擦りながらモゾモゾと起き上がる。
昨日はおにーさんに酷くされて、それはそれは満足な夜を過ごした。その代償は少しの寝不足だ(と言っても仕事で午前様の日よりは早く眠れた)。
寝室を出て、顔を洗って洗面台の鏡を見る。パンツだけ履いた俺がそこには映っていて、相変わらず浮いた骨が気持ち悪い。だけど浮き出た骨以上に今はまだ赤黒い鬱血痕や歯形が目立ち過ぎている。
この様子を見ると、見えるところはきちんと避けてくれている。それにほっと胸を撫で下ろし、服を着てからリビングに入った。
「おはよぉ」
「おはよう」
「わぁっ!平日なのにオムレツだぁ」
「………」
「ありがとおっ!」
これがおにーさん的に無理させて悪かったという気持ちなのは分かってる。無理したつもりは全然ないんだけど、おにーさんは酷くいたぶった時は後からものすごく甘やかすし、ものすごく甘やかした後は酷くいたぶる。
俺的には甘やかされるのは最高の飴で、意地悪されるのはスパイスだからどっちも美味しいんだけどなぁ。
「体平気か?」
「うんっ!絶好調!」
「ならいい。無理すんなよ」
「大丈夫!こう見えて丈夫!」
「ほんと丈夫だよな。つくづく思う」
そんな話をしながら美味しい朝ごはんを食べ、元気いっぱい行ってきますと言って家を出る。
おにーさんは俺が仕事の前日にエッチしたらこうして体の心配をしてくれる。それは少しむず痒いけど、ものすごく幸せで嬉しいことなんだってきっと、おにーさんは知らない。
会う人会う人に伊藤くん機嫌いいねなんて言われるほどに上機嫌で仕事をして、うっかりいい気分のまま時間のかかる検査をほいほい引き受けて涙を飲みながら残業することになったのは、謎の現象だった。
そうこうしてるうちにあっという間に木曜日がやって来て、俺は朝からバタバタとスーツと格闘している。
俺が上手く結べないと分かってても、おにーさんはまずはやらせる。今週は少しだけネクタイを結ぶ練習もしていて、俺にしてはそれなりな形になる程度にはなった。
「………出来たっ!」
「出来たよ穂高さんっ!」
「ちょっとこっちこい」
「うん?」
少し曲がっていたのか、さっと直してくれるおにーさん。
その手が悩むようにネクタイを撫でていたのは、見ないことにする。せっかく上手く結べたんだ、引っ張られたらたまったもんじゃない。
「やればできるだろ?」
「けど気づいたら10分も経ってた!穂高さんがしてくれたら1分で済むのに」
「はいはい、文句言わずにご飯食え」
「はぁい」
結べたネクタイを自慢したいところではあるけど、これにご飯が飛んだら大惨事(俺的に)だから丁寧に外して畳んでおいた。
家を出る前、鞄にネクタイを入れようとするとがらんとした鞄の中に見覚えのないものが入ってる。仕事用にフェイスタオルはいつも持っていってるけど、タオルじゃなくてハンカチだ。そっと摘んで取り出して見ると紺色のシックなもの。うん、どう見ても俺のじゃない。
「これ穂高さんの?」
「ああ」
「珍しいね、間違えてるよ」
「間違ってねえよ」
「へ?」
「この時期スーツで外出るの舐めるなよ。お前はスーツも年中仕様だし、持ってっとけ」
「タオルでいいのに」
「ポケットに入らねえよ」
そんなところまで気を回してくれなくても良いんだけどなぁと思いながら、ありがたく今日借りるね!と鞄に戻して家を出た。
真夏のスーツを完全に舐め切っていた俺は、半日後そのハンカチの有り難さに涙した。
ほとんどを車で移動するとはいえ、車までのそう遠くない距離でしっとりと滲み出る汗。カッターシャツにスーツを羽織ってネクタイまで締めていると、それはまるでサウナスーツのようだった。
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