238 / 438
238.
「俺、営業さんを尊敬します」
「何突然」
「あっつい……溶ける。スーツ無理です」
「伊藤くんは技術部だから基本的にエアコン完備だもんな」
「はい。実験の条件を整えるためにあそこは室温も湿度も管理されてるんで」
運転してくれる営業さんの横で、パタパタとうちわを仰ぐ。ちなみに車の中に置きっぱなしにされていたからやっぱり営業さんも暑いんだなぁというのがすぐに分かる。
それでもハンドルを握る姿はスーツをきちんと着て、ネクタイも締めているから流石だ。
「俺はちょっと安心した」
「何にですか?」
「朝伊藤くんに会ったらまさかのノータイだからさ。まじで!?って思ってた」
「持って来てました」
「ハンカチまで持ってんだもん、驚いた」
あははと笑って誤魔化してみる。
俺1人でもネクタイつけていたとは思うけど、ハンカチは絶対に持ってなかったと思う。
「あと前も思ったけどネクタイのセンス良いよな」
「ありがとうございます」
わぁい。
今日はおにーさんが買ってくれたものをつけて来た。
前のと色違いだけど、生地のせいか全然違って見えるから不思議だ。
そんな話をしつつ車に揺られて懐かしい取引先に着く。
話は営業さんを中心に進み、必要に応じて俺が説明を加えるだけだった。
今は従来品を使っている部品を見ながら、ああだこうだと話し合う取引先の人と営業さん。耐性に問題はなさそうということで、次に加工するものの半分を試作に切り替えることでまとまりそうだった。
そして、営業さんと取引先に定期的に様子を見せて欲しいと頼む。
研究の中での負荷と、実際の使用では違った結果が出ることがあるからたまにでいいから実際に使っている現場を見たい。全てのものにこんなことはしないけど、製品化が近いとは言え試作段階で、この環境下での使用は初めてだから俺としても色々と気が張っている。
その帰り道、俺はほんのり営業さんから呆れた視線を向けられた。
「伊藤くんってほんと自分で仕事増やしてない?」
「自覚はあるんですけど……。引き継いだとは言え今は俺の研究で、俺が初めて製品にするであろうものなんです。やっぱり俺が出来る限りのことはやりたいです」
「まあ俺も出来ることはするから無理しすぎないようにな。連絡とかは俺に任してくれて構わないし」
「ありがとうございます!」
やったぁ!
必要に応じて俺も取引先には行くけど、営業さんみたいにずっと出れるわけじゃないからすごく助かる。写真とかも撮ってくれると言うし、間に入ってフォローすると言ってくれるのはすごく心強かった。
会社に戻ってからは、今日話したことを纏めたり加工に関して注意すべきところなどを纏めて書き出して、出張の片付けが終わるとまた上着を着て家に帰った。
帰りはもちろん原付で、夏の生暖かい風は全く涼しさなんてなくて、信号で止まると蒸し暑くて仕方なかった。
「夏のスーツむりぃい」
「こら。転がっていいけどスーツだけ脱げ」
エアコンが効いた涼しいリビングに入るなり天国〜とソファに沈んだ俺にキッチンからすぐに声が飛んでくる。
とは言えこのままじゃほんとシワになるし、おにーさんのいう通りだからスーツを脱ぐ。上着を脱いでスラックスから足を抜いたら一気に涼しくなって俺はまたソファに沈み込む。
「ああ天国〜」
少しひんやりしたソファが心地いい。
最高。幸せ。
スーツってほんと暑い。そりゃおにーさんみたいに毎日スーツの人は夏用とかいるわ。年中仕様を着てたら虫が湧いちゃう。
帰って来て涼しむだけの俺のそばで、俺が脱ぎ散らかしたスーツを拾って手早くハンガーに掛けているおにーさんは俺を見てふっと笑って懐かしいなと言った。
「なぁに?なにが?」
「そのカッコ」
「似合う?」
「先に風呂にするか?」
「スルー!?」
「暑かっただろ」
「ちょっと!似合うへの返事は!?」
せめて笑うとかしてよ!
スルーが1番キツいから!
「丸見えよりチラ見えの方が唆る」
「それは分かる」
「つーわけだ」
「なるほど」
分かる分かる。
暴きたくなる男心とでも言うのか。
見えてるパンツよりも見えそうで見えないスカートの中身(パンツ)の方が気になるあれ。見せブラなんかよりもシャツからほんのり色が透けるくらいの方が想像力を掻き立てられていいって言うあれ。
うん、すごく分かる。
ともだちにシェアしよう!