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「父さんは消防士。つってももうすぐ定年だけどな」
「お母さんは?」
「専業主婦」
「ほほぉ」
「これでも昔は営業してたんどけどね」
「営業職!すごいですね!」
「消防士は?」
「それも凄いと思います!俺には火を消すなんてせいぜい焚き火が限界です」
きっと、火を消すだけじゃなかったこともあるだろうけど、そんなの俺にはもっと無理。
命をかけた仕事なんて想像もつかないし、しようと思ったことすら俺にはない。
そして営業も同じ。
俺は知識が増えるのも勉強するのも嫌いではないけど、ひとつのことに熱中するタイプだからいろんなところに顔を出す営業職はあんまり向かない。
おにーさん達家族を中心に、世間話や最近の話をしつつ、たまに俺も話を振られながらちょっと緊張も落ち着いてきた頃、自分の部屋に居たらしい穂波ちゃんがリビングに入って来た。
「誠くんいらっしゃい。あ、お母さんこれ食べていい?」
「良いわよ」
「やった!」
キッチンに置いていた穂波ちゃん用に分けた水まんじゅうをひょいと摘み上げてキッチンで立ち食いした穂波ちゃん。そんな穂波ちゃんを見て、おにーさんとお母様が口を揃えて座って食べろなんて言っていた。
「穂波!お客様が来てるのよ」
「誠くんだもーん」
「だもんじゃないでしょ。こら!お茶くらいグラス使って飲みなさい!」
そんな会話が聞こえて、俺はボソリとおにーさんに漏らす。
「穂高さんって、中身はお母さん似?」
「そうでもないと思うけど?」
「俺、今の穂波ちゃんみたいに言われてる覚えがたくさんあるよ」
「立ち食いもラッパ飲みもするもんじゃねえよ」
「ほらあっ」
間違いない。お行儀に関して厳しいのはお母さん譲りだ。
どうしても行儀が気になるらしいおにーさんは穂波ちゃんの方に行っちゃって、俺はソファにポツンと取り残される。
お父様をチラチラと見ていると、おにーさんが笑った時と同じように目尻が下がったお父様と目があった。
うん、やっぱりおにーさんはこのご両親の息子だ。
どっちにもよく似ている。
「誠くん」
「はいっ」
「穂高は誰にでも優しいんだよ」
「はい」
「けど誰にも踏み込ませない」
「はい」
「そんな穂高が人を小突いたりバカだアホだと言ってるのは初めて見たよ」
「穂高さんはいつもあんなだけど、優しいです」
「ちょっと捻くれてるところもあるけど、優しい子だから」
「はい」
「かなり捻くれてるなと思っても見捨てないでやってくれ」
「はいっ!」
捻くれてるのは知ってます。
ちゃんと知ってて、穂高さんが良いんです。
おにーさんはとってもいいご両親を持っていたんだな。だからあんなにもあったかい人になったんだな。
俺が1人ほこほことあったかい気持ちになっていると、座って食べろと2人からお説教をされたらしい穂波ちゃんが連行されるようにソファにやって来た。
「お母さん1人でもうるさいのに高兄までいると耳が痛くなる」
「穂高さんって外見はお父さん似で中身はお母さんなんだね」
「2人揃うとほんと礼儀だ行儀だってうるさいのなんの…」
まさにげんなりと言った言葉が適切な様子でソファに座ってお茶を飲む穂波ちゃん。
俺も言われる立場だけど、穂波ちゃんは俺よりもきちんと言われた方がいい。女の子なんだからと言われるのは嫌かもしれないけど、女の子なんだから。
そういう所作が綺麗な方が絶対に得する。
それは男でもだけど、女の子の方がもっと得すると俺は個人的に思っている。
「俺、穂高さんと暮らして口煩く言われるようになってから会社でご飯食べるの綺麗だねって言われるようになったよ」
「?」
「穂波ちゃんは女の子だから。涼しげな雰囲気の穂波ちゃんが綺麗にご飯を食べてたらすごくいいと思う」
「そういえば、外では食べるの綺麗って言われるなあ」
「でしょ?家だと気を抜いちゃうんだよ、きっと。けど外ではちゃんとしてる。お母さんも穂高さんも家の穂波ちゃんしか見てないからつい口を出しちゃうんじゃないかな」
「けど家でまで綺麗にとか無理」
「あはは、同感」
「同感じゃねえよ」
「あたっ」
そう言って俺の頭をパシッと叩いたのはおにーさん。
そのあと、そんな俺たちの会話を聞いていたらしいおにーさんとお母様から俺と穂波ちゃんは家でもきちんと食べろとお説教をされて、2人してソファに正座していた。
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