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電車に揺られて、今では慣れた東京に着く。 今ではこの人の多さにも、都会の空気にも慣れた。 最寄駅から少し歩いて、おにーさんと住む家に帰ってくる。 「ただいま」 いつもならきっと、扉をめいいっぱい開けて、駆け込む勢いなんだろうけどそんな気持ちにはなれなかった。 おかえりと聞こえる声に、ボロボロと涙が溢れた。そのまま扉を開けて、おにーさんを見ると安心して完全に決壊した涙腺。 「だだい゛まっ」 「は?なんで泣いてんの?」 驚くおにーさんに構わず、俺はその体に抱きつく。 ぎゅうぎゅうと、力加減もせずに抱きついてるからもしかしたら痛いかも知れないけど、おにーさんは何も言わずに俺を抱え上げてソファに座った。 優しく頭を撫でて、ヒクヒク呼吸する俺の背中をそっとさすって、優しい声で聞いてくる。 「反対された?」 「ゔゔんっ、いづでも、づれでおいでっで」 「?」 おにーさん的に俺が泣くとして、今回心当たりがあるのはそれなんだろう。まあ無関係ではないけど、反対はされてない。 ぐずぐずと気が済むまで泣いて、ふと顔を上げるとおにーさんの服の肩口は俺の涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。 「………ごめんなさぃ」 「いいよ」 「………もっかいぎゅうして」 ねだると俺の腰を優しく引いて自分の腕の中にすっぽりと収めてくれる。あったかかて、心地よくて、安心する。 「どうしたんだって聞いていいのか?」 「うん」 「穂高さんの言う通りだった」 「?」 「母さんは、ものすごい繊細だった」 「うん」 「でも、そんなん見せずにいつもみたいに笑ってた」 「うん」 「っ、強いっ、人だった」 俺の母さんは、強い。 そう言えば硬いものって意外と衝撃に弱くて脆かったりもする。母さんも、見えるところは強いけどその中はすごく繊細で脆いんだと今になって知った。 「後悔した?」 「しないっ。けど、」 「けど?」 「何年か経った時、母さんが心配して損したわって笑えたらいいなって思う」 きっと母さんのことだから、俺が母さんを理由におにーさんと別れるのもよしとしない。自分が決めたことなら進めって、涙を隠して笑う人だ。それでもどうしようもなくなった時に、帰る場所を用意してくれている人だから、俺は進むしかない。 それに、俺は母さんとおにーさんを天秤には掛けれない。 2人とも意味は全然違うけど大事な人で、どっちかを失うなんて耐えられない。 母さんには悪いけど、今はあの涙は知らなかったことにして見守っていて欲しい。たぶん、おにーさんといる俺を見たらなんか任せてもええんかなって思えると思うから、あんまり心配しなくていいよと言ってあげたい。 「誠んちっていい家だな」 「そぉ、かな」 「お母さんがかなり出来た人に感じるけど」 「それは、俺も思った」 あんな風に俺達きょうだいを育てていたとは知らなかった。 すりすりとおにーさんに甘えて、まだ出てきそうな涙を堪える。 「美味しいもの持って、俺んち行こうね」 「ああ。お母さんとお父さんの好きな食べ物は?」 「………和菓子、かなぁ。洋菓子より和菓子の方がよく家にあるよ」 「そうか」 「あとあと、母さんに穂高さんレベルの料理は求めたらダメだよ。たとえ出てきたカツが生でもチンしたら食べれるからね」 「なんでカツが生なんだよ」 「そんなの知らないよぉ」 けど生だった。 母さんのことだから若いんやし!とかよくわからないことを言って父さんが目を剥く、つまりはおにーさんも目を剥くであろうものを作りかねない。 もちろん食べに行っても良いんけど、そうなると俺の両親に出させるのは無理って言いそうなおにーさんと、どうして息子(俺以外の)より年下の人にご馳走されるんだろうと戸惑うであろう両親の姿が目に浮かぶからその選択肢はなし。 まあ計算して昼過ぎに出てさっと引き上げる作戦もありだけど、どうなるかはまだまだ分かんないから保留だ。

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