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一応10分前行動を心掛けているけど、俺が集合場所に着いたときにはほとんどの人が集まっていた。
てこてこ歩いて同期の輪におはようと声を掛ければ、ぐわっと顔を上げた阿川くんが俺に突進する勢いで向かってくる。
「待って!ストップ!話は聞くからっ!」
その飛びつかん勢いはやめて!
俺的にも阿川くん的にも絶対良くないから!
「なに、阿川くんどうしたの?」
「分かんないけど、今日会った時にはなんかそわそわして落ち着きないっていう感じ」
あまりの形相にそばにいた同期に聞いてみても理由は分からないらしい。
何かあったのかな。
ミホちゃんからは特になにも聞いてないし、うーんと悩んでみるけど原因も分からないからメソメソする阿川くんを放って俺は久しぶりに同期と仕事以外の会話をした。
そうしてしばらく待つと全員が集まり、それぞれバスに乗っていく。もちろん俺は阿川くんにがっちり腕を掴まれて隣を確保されたのでそれに大人しくついて行く。
俺を窓側に押し込んで、不必要なほどに詰めてくる阿川くんは一体なににそんなに追い詰められているんだろう?と思いながらも、今日の大まかな予定を話してくれる社長の声が煩くて(失礼)なかなか話を聞くことは出来なかった。
「伊藤くん」
「なに?」
「今日どこ行くか知ってる?」
「社員旅行で温泉だよね、後は有名なお寺かなんか見るとか聞いた気がするけど」
「そう。温泉なんだよ」
「うん?」
そうして声のトーンを落とし隣にいる俺でも拾うのがやっとな小さな声で、ミホちゃんに剃られたとボソッと呟いた。
「ぶぶっ、ごほっ、ゴホッ」
驚きすぎて吹き出して、それを我慢しようとしたら舐めてた飴飲み込んじゃった!
喉の違和感にゲホゲホと呼吸を整えて、ちょっと泣きそうになりながら阿川くんを見る。
「ごめん、もっかい言ってもらっていい?」
「だから………陰毛を剃られた」
「っ、っ、」
俺は阿川くんから視線を逸らし、俯いてぷるぷると笑いを堪える。
阿川くん、あそこツルツルなの?
やばいどうしよう、人のこと言えないけど笑いそう。
「笑ってんのはバレてんだよ!」
「くすっ、ごめんって」
「どうしたらいいと思う?」
「っていうかミホちゃんは何て?」
「大浴場入るとか信じらんねえって言ったかと思えば押し倒されて、あれよあれよという間に……」
「………力比べしてミホちゃんと阿川くんってどっちが強いの?」
「ミホちゃん」
ほほぉ、意外。
おにーさんはミホちゃんは意外と強いと言ってたけど、ほんと強いんだな。
阿川くんはがっちりとした男らしい体つきで、ミホちゃんは標準よりほんのり細いかなってくらい。ミホちゃんの顔立ちだけを見たら空手をやってたりキックボクシングをやるようには見えない。
「抵抗しなかったの?」
「したよ!そしたら、」
「そしたら?」
「俺以外となんかする気?って聞かれて、そんなはずないと言えばなら良いよなって笑顔で言われて断れるっ!?」
ああ、うん断れない。
分かる分かる。
ミホちゃんの独占欲も強いことで。
「まあいいんじゃない?誰にも見せないなら」
「すーすーする!」
ああうん、分かるよ。
けど慣れたらそんなに気にならない。
なんなら夏は蒸れなくて良かったよなんてことは言ってあげない。俺はたとえ阿川くんもツルツル仲間だとしても、自分もそうだと言ってあげるほどお人好しじゃない。
「それでミホちゃんが安心するんだし良くない?」
「温泉は!?」
「別に入らなくてもいいでしょ。俺も入る気ないし」
「?」
「1人で入る方が好きなんだよね」
という設定。
人がたくさんいる中入るのが苦手ってことでいい。
嘘だけど。
「伊藤くんは大丈夫?」
「うん」
「はああ。ミホちゃんがさ」
「うん?」
「どうせ誠くんも似たようなもんだって。絶対脱げる体してないって言うから信じてきたのに」
「ちょっと、なに信じてきてんの」
流石ミホちゃん。
良く自分のお兄ちゃんのことを分かってる。まったくもってその通りだ。
だけど阿川くんは人の顔色を読むのが苦手だから俺が嘘をついてるとは気付かない。
心の中でそっと謝って、元気出してと持ってきていた飴を一粒あげた。
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